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| 新宿区内藤町遺跡 |
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内藤町遺跡は、新宿区No.56遺跡として登録されています
遺跡の範囲は、御苑とその周辺で、江戸時代には高遠藩内藤家四谷屋敷(下屋敷、一時中屋敷)と内藤新宿の宿駅に関連した施設、玉川上水などがありました。
内藤家の屋敷の面積は、最大で約六万六千坪といわれる広大な敷地を持っていました。過去にも調査が行われ、江戸時代の遺構と遺物を中心に、縄文時代の遺構や遺物が検出されています。 今回の調査は、新宿御苑内の北東にありました大温室の建替え工事範囲を調査対象として、約4,400m2を発掘調査しました。
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トピックス
平成22年の3月末より発掘調査を開始し、10月上旬までに全ての調査を 整理作業は、10月末まで一次整理を行い、現在は二次整理を行っています。
遺構関係は、トレースを終え挿図割付の最終チェックを。遺構写真は写真図版の割付をしています。
遺物は、実測と拓本作業をし、トレースと遺物写真の撮影を行い最終段階に入っています。 今回の調査・報告書は、江戸時代の遺構と遺物が中心になります。
遺物では陶磁器の碗や皿、鉢、香炉、餌皿、徳利、お神酒徳利、かわらけ、瓦、土人形や土製品のミニチュア、ガラス製品や金属製のかんざしなどを実測・トレースしています。
今回は、近代の温室に関連した資料として、温室の土台に使われた煉瓦を紹介します。検出された温室は明治時代のもので、日本人が設計した日本で2番目に古い煉瓦建物として作られ、温室としては最古の建物になるそうです。明治28年に完成した3号温室があった基礎部分に残っていた煉瓦で、ほとんどのものは刻印はありませんでしたが、表面に見える中のいくつかに刻印がありました。同じような刻印は現在まで、横浜の外国人居留地や汐留駅関連の施設でも確認されていますが、今回出土したものを含めて作成された場所・製作者(窯業者等)が特定できないものです。今回紹介した煉瓦以外にも、明治から大正期に何度かに分けて建替えられた温室や周辺施設に使われた生産地のわかる新しい煉瓦もあります。
調査で検出された明治時代の温室基礎は、保存の処理が行われ、現地で保存されています。新しい温室が建設され、開館した後、公開・展示されることになりました。
平成22年2月現在
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