遺跡の特徴
本遺跡は北区中里三丁目、田端六丁目、上中里一丁目、西ヶ原一丁目にまたがる、21万m2にも及ぶ大規模な遺跡(北区No.40遺跡)です。台地上に位置し、縄文・弥生・古墳時代・奈良時代・平安時代・江戸時代にかけての複合遺跡です。台地の北東下には中里遺跡と国指定史跡中里貝塚が位置します。また、古代の役所である武蔵国豊島郡衙(ぐんが)跡に隣接することから、遺跡の中心は古墳時代の後半頃から奈良時代・平安時代にかけてとなります。
なお、遺跡名の峽上(はけうえ)の「峽(はけ)」は崖(がけ)の意味です。