2020年東京オリンピック競技大会を見据えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けたスポーツ医・科学的サポートの可能性

コーチが変われば環境が変わり 環境が変われば選手が変わる。 〜指導者のあるべき姿とは〜

2017/02/13 NEW

伊藤 雅充

人は一人ひとり違う。それがコーチングの大前提。
全ての選手に合うフリーサイズのコーチングは存在しない。

プレーが楽しいからこそアスリートは強くなれる。

コーチング学の分野において最先端かつ革新的な研究を続けている伊藤雅充氏。体育大学らしく現場と直結した研究室では、最新のコーチング学を学ぶべく集まった学生たちと共にコーチ(指導者)のあるべき姿を探究し、その知見を広くスポーツの現場で活かしてほしいと全国各地で講演やセミナーを精力的に行っている。
伊藤氏自身も、やがてコーチになりたいと考えるアスリートだった。しかし、大学時代の留学で母国のことをあまりにも知らない自分に気付き、歴史などあらゆるジャンルの本を読むようになると「知る」ことへの欲求が強くなり、スポーツ科学におけるバイオメカニクスの研究をするようになる。大学院修了後、日本体育大学の教員になると、「コーチになりたいからスポーツ科学を学びたい」と考える学生が多く、彼らが真に求めているのはコーチング学だと痛感。以来、コーチング学およびコーチ教育を専門とし、旧来の慣習や個人の経験則に頼る指導方法に一石を投じてきた。
大学院時代には、研究の傍ら女子バレーボール・ナショナルチームのアナリストを務め、アテネ・オリンピックにも帯同。実はその頃からコーチングには興味を持っていた。
また、伊藤氏が初めておこなったというコーチングの話が興味深い。まだ幼かった息子さんがテニスを始めたので、学んだコーチング学の知識を使って運動能力を向上しようと考えた。

「小さい子どもに理論を説いても絶対にわかりません。息子はただパパと遊びたいだけなんです。そこで使ったのがハードルやジャングルジムのようなものを自在に組み立てられる遊具。それを担いで公園に行き、今日は何する?と言うと、飛びこえたり、くぐったり、登ったりするコースを工夫して作り、パパと競争だとなるわけです。いろいろ試してみて思ったのは、面白くないものは子どもはやらないということです」

つまり、遊びながら自然に物事を考えられる環境を与えることができれば、子どもはワクワクしながらすくすく育っていくということ。アスリートも同じ。プレーが楽しいからこそ強くなれるのだ。この体験は伊藤氏にとってコーチングの原点となっている。

大半の時間を選手との対話に費やすトレーニングもある。

もうひとつ、コーチングとは何かを深く考えさせられる出来事があったという。大学の研修制度を利用し、家族と共に1年間オーストラリアに住んだときのことだ。9歳になった息子さんが世界ランキング1位に輝いたテニス・プレーヤー、レイトン・ヒューイットを育てたピーター・スミスの指導を受けるようになった。

「その様子を見たとき、日本のコーチングとの違いに驚きました。例えば、ラリーの中でいいショットを打つと、プレーを止めて、ナイスショットだ! でも他にも打てたところはなかった? と問いかけます。ドロップショットが決まったときも、いいアイデアだったね! でも僕がダッシュするのが見えたかい? 動きを読まれたら相手のチャンスボールになってしまうよ、という具合で、多くの時間が対話に費やされ、選手が自分の頭で考えて、オプションを増やす方向に意識を向けさせます。言うなれば一つのプレーにどれほどの選択肢があるかという事です。日本だとコーンを置いて何度も打ち込む練習をさせたりしますが、それとは対照的で、ピーターは機械ではなく人をつくっているんだと思いました」

また、その後、12歳になった息子さんが、国内のあるジュニア選手強化プログラムに参加したときの体験も忘れられないという。

「そのコーチは、指示通りのプレーができないと選手を叱咤し、ときにおまえなんかダメだと罵倒していました。選手を鼓舞しているのでしょうが、少なくとも親である私はとても嫌な気分になりました」

ただし伊藤氏は、どちらが正しいコーチングだとは断定しないし、わからないという。コーチング学の講義では、この2通りのコーチングの様子を撮影したビデオで見せて、どちらが選手を伸ばせると思うかと問いかける。学生の答えも分かれるという。

「それを様々な角度から考えることがコーチングの勉強です。実はコーチングって何が正しいかなんてはっきりわかりません。選手とコーチの間でお互いに納得ずくなら、どんなやり方であっても第三者がとやかく言うことではないかもしれないからです。ただ、ひとつ明確に言えるのは、ある選手に対して正しくても、他の選手には通用しないことの方が多いということ。当たり前ですよね。人は一人ひとり違うのですから。それがコーチングを考える上での大前提になります」