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コーチが変われば環境が変わり 環境が変われば選手が変わる。 〜指導者のあるべき姿とは〜

2017/02/13 NEW

伊藤 雅充

選手にもっと伸びてほしいと思うコーチは、
自分の中のオプションを増やそうと努力する。

選手の考えていることを知りたいなら、オープン・クエスチョン。

伊藤氏がセミナーでおこなう頭のエクササイズがある。2人1組になり、相手が思い描いた動物を3回の質問を通して当て合うゲームだ。2回対戦するのだが、1回戦のルールは、YESかNOで答えられる質問しかしてはいけない。この質問形式をクローズド・クエスチョンと言う。2回戦のルールはYESかNOで答えられない質問しかしてはいけないというもので、この質問形式をオープン・クエスチョンと言う。

「やってみるとわかりますが、クローズド・クエスチョンでは、その動物の色は白ですか? というような単純な質問しかできず、まぐれでない限り当てるのはかなり難しい。一方、オープン・クエスチョンなら、その動物はどこに住んでいますか? 何を食べていますか?と対象を絞り込んでいくことができるし、答える側も、事実に即しながらも当てられないようにうまく答えなければなりません。つまり、質問する側も答える側も頭を使って考えるわけです」

何を言いたいかというと、選手一人ひとりの考えていることを本当に知りたいなら、どちらの質問形式を使う方がいいですかということだ。人は一人ひとり違う。だったら、そのためのアプローチが必要だ。

「スポーツの現場でコーチが選手に対し、どういう質問をしているかを観察すると、ほとんどクローズド・クエスチョンです。こうしろと言っただろう? ハイ。わかったのか? ハイ。そういう質問が圧倒的に多いわけです。選手も面倒だから納得できていなくても、ハイと答えてしまう。コーチにすれば無意識にやっていることなので、それが選手を萎縮させたり、楽しむ気持ちをなくしてしまっていることに思い至らない。だから、こういうエクササイズを通して私はコーチたちに気付いてほしいと思っています。今どうだった? 次どうする? って聞いてあげることによって、コーチは選手がどこまで理解できたのかを知ることができるのです」

選手たちにやる気がなくて困っているというコーチは、まずは自分が普段どのように選手に質問しているかを振り返り、考えない選手をつくって、やる気を奪っているのは誰か、気付いてほしいという。

自分に何が足りないかを知り、改善しようとしているか。

コーチングには、これぞという王道も、絶対的なゴールデンスタンダードもない。どうコーチングをするかではなく、コーチはどうあるべきかが大切なのだと伊藤氏は言う。そして、これまでのコーチング学研究において、優れたコーチが持っているという3つの知識をあげる。
まず、〈対自己の知識(イントラパーソナル)〉。自分が何を知っていて、何が足りないか。自分はどういう色眼鏡で世の中を見ているか。どういう考え方をしがちか。そういう自己を知って変えようとする、自分を改善する知識である。
次に〈対他者の知識(インターパーソナル)〉。いわばコミュニケーションに必要な知識で、選手に対しては選手との接し方、保護者に対しては保護者との接し方、相手の立場や状況に合わせて人間関係を構築していくための知識だ。
そして、3番目にあげられるのが、携わる競技に関する〈専門的な知識〉となる。専門知識が1番だろうという方もいるかもしれないが、対自己の知識があれば、足りないものを学ぼうとするので、専門知識は後からいくらでも手に入れることができる。逆に対自己の知識がなければ専門知識が更新できず古いままになる。

「選手にもっと伸びてほしいと思うコーチは、その選手に合った方法を採り入れられるように、自分のオプションを増やそうと努力するでしょう。協力者を増やせばさらにオプションは増えるから、保護者や他の指導者とのコミュニケーションもとるようになります。対して、新しいことを学ぼうとせず、従来のやり方に固執するコーチは、選手を自分に合わせようとするしかありません」

どちらが選手にとって信頼できる魅力的なコーチか、考えるまでもないだろう。

「コーチングで本当に重要な部分はここだと私は思うんです。わからないことはわからないとはっきり言う、そこで新しいことを学ぼうとするコーチ、一生懸命に努力する大人を見て、自分もそうなりたいと思えば、選手も同じように学ぼうとします。コーチだってミスはします。気負わなくていい。そんな相互に信頼のある関係の中では体罰も起こり得ません」