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メンタルの強化で選手はもっと強くなる。 〜競技力向上のためのメンタルトレーニング〜

2016/03/29

高妻 容一
高妻 容一

メンタルトレーニングはトップレベルだけのものではない。

“琴バウアー”もメンタルトレーニングの成果。

では、メンタルトレーニングを導入したチーム、選手はどう変わるのか。高妻氏が指導やアドバイスに関わったケースの一部をあげてもらった。

「守秘義務があるので詳しくは言えませんが、県選抜の中学生チームが素晴らしい強化をして、男女ともに日本一に輝きました。全国大会に出たことのなかったある大学のチームは、メンタルトレーニングを取り入れて丸1年でインカレ準優勝。かつて強豪といわれたけれど、有力選手たちがプロに転向したために低迷していた実業団チームは、全国大会で春夏連覇という偉業を成し遂げました。メンタル面強化を長く続けているチームは、おしなべて全国大会の常連になっています。メンタルトレーニングの講習を受けた1週間後の駅伝大会で選手15人中12人が自己新を出した高校もありました。もちろんこれらの成果は、選手、指導者の理解と努力があってこそです」

他にも自衛隊体育学校からは、射撃のリオオリンピック代表選手を輩出。また、2016年初場所で優勝した琴奨菊関も高妻氏の指導を受けたひとりだ。取り組み前に、両腕を開いて体全体を大きく反らす、あの“琴バウアー”をルーティーンとして完成すべく助言した。

ただ、こうした事例を紹介したときに言われることがある。〈メンタルトレーニングなんてトップレベルのチームや選手がやるもので、うちはそんなレベルじゃない〉というものだ。高妻氏はこう反論する。

「トップレベルが導入するのは当然だとしても、私は下位レベルのチームこそメンタルトレーニングに取り組むべきだと思っています。なぜか。極端に言うと、弱いチームはメンタル面が弱いから、集中力がなく、ネガティブで、監督やコーチの悪口を言ったり、サボったりしている。強くなる要素がないんです。そういった状況を根本から変えていくときに、メンタルトレーニングはとても効果的です。また、これまでは高校生以上を対象にしてきましたが、近年、中学生にも関わるようになって、こんなに変わるのかというくらい、大きく“化ける”のを見てきました」

どんなレベル、どんな年齢層においても、メンタルトレーニングに取り組む価値があるということだ。

日々のトレーニングの積み重ねがメンタル面を強くする。

もうひとつ、指導者から出る言葉がある。〈そんなことをやっている時間はない〉だ。

「しかし、トレーニングをする時間はあるんでしょう?と聞くと 、〈もちろんやっています〉と返ってくる。つまり、自分が教えられる技術・体力面のトレーニング時間はしっかりとるけれど、メンタル面の強化はそもそもトレーニングだと思っていないから、時間をとるのがもったいないと考えているわけです」

例えば、県として国体選手のメンタル強化に取り組む場合、高妻氏は年間に10〜30回、現地を訪れ、1回につき1日8時間、あるいは2日で16時間のメンタル面強化の講習とトレーニングを行うという。もちろん、日々のトレーニングの中にも、後述する心理的スキルをトレーニングする時間を設けてもらう。

「例えば50kgしかバーベルを上げられない選手が100kg上げようとしたら、いきなりは無理です。毎日、筋力トレーニングをして、体の使い方を覚えていきますよね。その積み重ねの結果として半年後、1年後に100kgが上げられるようになる。メンタルトレーニングもまったく一緒です。知識として知っていることと“できる”は違います。メンタルトレーニングは、知って、活用して、試行錯誤して、身につけていくトレーニング。考え方や行動のトレーニングなんです。習慣化・自動化するためには時間が絶対に必要です。手に人と書いて飲み込めばできるような、そんな魔法はありません」

そのため、指導者の意識改革にも腐心する。

「指導者の方にもプログラムを一緒に受けていただくんです。心理テストの結果に課題があれば、〈このチームは完全にやらされている感じですね。選手はいつも監督の顔色ばかり見ているんじゃないですか。これでは今の壁は乗り越えられませんよ〉と言います。そしてメンタルトレーニングを始めた選手たちが、自主的に考え行動するように変わっていく姿を見てもらう。気付いてもらうことが大事なんです」

高妻氏が行う指導者講習会の内容もユニークだ。2人1組になってじゃんけんで負けた人に、〈集中力とは何かを相手に説明してください〉〈さあ今から相手のやる気を高めてください〉と矢継ぎ早に課題を与える。メンタル面を強化するには、理論やプロセス、手法があることに気付いてもらい、試してもらうことが目的だ。