東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2020/09/18

シリーズ 女性アスリートを支える 第3回(全3回)可能性の芽を摘まないために ~指導者の女性アスリートへの接し方~

シリーズ 女性アスリートを支える 第3回(全3回)可能性の芽を摘まないために ~指導者の女性アスリートへの接し方~

女性アスリートたちの活躍がめざましい昨今であるが、女性と男性の心身の違いや女性特有の課題を理解した上で指導にあたっている監督やコーチはまだ多くないのが現状である。思い込みや理解不足による間違った指導はパフォーマンスの向上につながらないばかりか、女性アスリートの心身にダメージを負わせてしまう。では、女性アスリートに接する際に指導者が留意すべきこととは具体的にどんなことなのか。女性アスリートのメディカルサポートを手がける婦人科スポーツドクターの高尾美穂氏に聞いた。

高尾 美穂

高尾 美穂(たかお・みほ)

産婦人科専門医、医学博士、婦人科スポーツドクター イーク表参道(女性のための統合ヘルスクリニック)副院長 日本スポーツ協会公認スポーツドクター 得意分野は女性スポーツ医学。文部科学省・国立スポーツ科学センター(JISS) 女性アスリート育成・支援プロジェクトメンバー

婦人科スポーツドクターとして、競技を問わずプロからアマチュアまで女性アスリートのメディカルサポートを行う。自身もスポーツが大好きで様々な競技を行ってきた経験から、女性アスリートのパフォーマンスを向上するための条件や環境について婦人科学の立場から考えてきた。国立スポーツ科学センターの活動では、女性アスリートにおけるジュニア期、妊娠中および産後期におけるメディカルサポートに傾注。女性アスリートおよび指導者に向けた医学的に正しい知識の提供と啓蒙活動にも重きを置き、講演やセミナー活動も行っている。

指導者は自らの置かれた環境を自覚しなければならない。

指導者は独裁者になりやすい環境にある。

 高尾氏が留意点としてまずあげるのは、指導者自身が置かれている状況だ。日本のジュニアスポーツのほとんどは学校の部活であり、その指導は教員が兼任している場合が多い。部活の場でも生徒と教師という関係は変わらず、年齢的にも絶対の上下関係がある。コーチやトレーナーを置ける恵まれたチームもあるが、監督が全てを管理指導するケースが一般的で、ともすると指導者は独裁的な権力者になってしまう。そのような状況から生まれやすいのがハラスメント(嫌がらせ、いじめ)であると高尾氏は言う。

「セクハラもパワハラも、受けた本人がそう思えばハラスメントなんです。常に意識を高く持ち、指導の現場だけでなく、日常の言動や振る舞いから、若く傷つきやすい成長期の若者を指導しているんだという責任を自覚してほしいと思います。指導者だからといって許されるような時代ではないことを強調しておきたいですね」

第三者の目がハラスメントを抑止する。

 ハラスメントをしないことを心掛けるためにできる具体的な対策として、高尾氏はある程度の距離を保つことを勧めている。

「日頃の練習や合宿など、上下関係がある状態で一緒に過ごす時間が長いことが問題の温床ですから、意識的にも客観的にも一定の距離を保つことが大切です」

 具体的には、選手と指導者が2人きりにならないようにすること。密室など論外だ。コーチやトレーナー、あるいは他の選手などを交え、オープンな場でコミュニケーションすれば、常に第三者の目があるため、激高したり手を上げたりといった極端な言動が抑制できる。選手に注意をしなければならない場面などでは特に遵守すべきルールだろう。最近では選手がやりとりを録音して告発するケースもあるため、指導者自身が自分の身を守ることにもなる。

 また、女性指導者が自身の経験を押しつけることもパワハラになることに留意しなくてはならない。例えば、生理痛は我慢するものではなくコントロールする時代になっている。生理痛などで苦しんでいる選手に、自分もそうだったから大丈夫と言ってしまえば、その選手は我慢するしかなくなり、コンディションをよくすることはできない。自分の成功体験が全ての選手に当てはまるわけではなく、情報も常にアップデートされている。高尾氏も「女性の監督の方が怖いという声はよく聞く」とのこと。ハラスメントの問題では男性指導者が取り上げられることが多いが、女性指導者も留意が必要だ。

女性は小さな男性ではない。同じ女性でも同じ人間ではない。

 男性指導者であれば、自分とはまったく異なる生きものであるという、根本的な理解も必要だと高尾氏は言う。
「自分が打ち込んできた競技を女性選手に教える男性指導者に言いたいのは、"女性は小さな男性ではない"ということです。体格が小さいというだけでなく、そもそも生きものとして雌と雄の役割の違いがあり、からだの内側も外側も男性と異なります。もちろん考え方も違いますから、自分の経験や男性選手への指導方法がそのまま女性選手に当てはまるわけではないことを前提にしてください」
 女性指導者も、選手と共通するのは同じ女性で同じ競技をやっているということまでで、それ以外は異なる人生を歩んでいる別々の人間であるという認識が必要だという。

「ハラスメントに関することだけでなく、今は多様性や個性が尊重される時代であり、スポーツ医・科学も進んでいます。新しい時代に合った指導者が求められているのです」

競技力向上は健全な発育発達と共にある。

「運動量」「運動量に見合った食事量」「運動量に見合った休息(睡眠)」の三角形を意識する。

 指導者の役割は選手の競技力を向上させることだが、成長過程にある選手の場合、その発育発達についても十分に配慮しなければならないと高尾氏は注意を促す。そして、気をつけて欲しい"三角形"があるという。「運動量」と「運動量に見合った食事量」と「運動量に見合った休息(睡眠)」の三角形で、このバランスが常に正三角形になるように生活全般に気を配らなければならないということだ。

「運動量が増えれば、同時に食事も睡眠も増やさなければ正三角形になりません。そのためには、保護者ともしっかり連携しながら必要なエネルギーが十分に摂れているか、体力を回復できるだけの睡眠がとれているかまで目を行き届かせて欲しいのです。成長期にあるアスリートの指導者は競技だけを見ていればいいわけではありません」

 女性アスリートの場合、この三角形のバランスが崩れると、月経不順や無月経という症状となって表れる。その原因は、エネルギー量が足りていないか消費エネルギーが多過ぎるか、そのいずれかの状態が続いたために女性ホルモンのエストロゲンが分泌されなくなったためだ。エストロゲンには破骨細胞の活動を抑える働きもあり、なくなると骨が脆くなって骨折しやすくなってしまう。人生において15~20歳は骨量を増やす時期であり、その後に挽回することはできない。からだが出す月経不順や無月経というサインを見落とすと(あるいは無視すると)、アスリートとして長く活躍できないだけでなく、いずれ骨粗鬆症になりかねず、長い人生にも影響を及ぼす(本シリーズ第1回を参照)。

特定の競技に偏らず、どんな競技もできる体づくりを。

 また、女性アスリートに限らず成長期の選手に対しては、全身をつくること、そしてケガをしないからだの使い方を覚えさせることが大事だという。

「現在、ほとんどの選手が特定の1つの競技に取り組んでいます。その競技に特化した競技力を伸ばすことはもちろん大切です。ですが、その競技がその選手にとって唯一無二の競技とは限らず、他の競技でも活躍できる選手だという視点を持ってもらいたいのです。すると、体づくりもトレーニングの内容も変わってくるはずです」

 審美系や持久系などの競技においては、その競技に有利な体型や体重を選手自身が早期から意識するようになる。そうした体格の選手が活躍している現実もある。しかし、その体型は、無理な減量や増量、過度な筋トレの結果かも知れず、本来の自然な姿と比べるとバランスを欠いて偏っているとも言える。発育の観点からは、特にジュニア期の早い時期であれば、様々な競技をこなせるように全身をつくることが望ましい。柔道の受け身の要素を取り入れたり、アスレチックのような様々な動きをするメニューを取り入れたりすることで、身体能力をバランスよく伸ばし、ケガもしにくくなるだろう。基盤となるからだをつくり、その上に競技力をプラスするという発想が求められる。

学校スポーツの"期限"でアスリートに無理をさせない。

 学校スポーツには、中学校は3年間、高校は3年間、そして大学は4年間という期限がある。従って指導者は自らの責務や役割として、その期限の中で成績が出せるように選手を指導する。実はここにも大きな問題が潜んでいると高尾氏は指摘する。

「マラソンの高橋尚子さんは、大学まで陸上選手としてはふくよかな体型をしていました。そして28歳で出場したオリンピックで金メダルを獲っています。大学まで、利用可能なエネルギーが十分にあり、エストロゲンの分泌がある(月経がある)状態で体づくりがしっかりできた結果だと考えられます。一方、高校駅伝で活躍する選手の中には、無理にからだを絞り、無月経の状態を放置している選手もいます。そうした選手の中には、大学生、社会人になってから骨折などの故障に悩まされて活躍できなくなる人が少なからずいるのです」

 アスリートとしての人生は卒業してからも続く。そのことが重要だ。

「自分が指導している間に花が咲く選手なのか、次のステージで花が咲く選手なのか、その見極めをするのも指導者の役割であり、その責任はすごく大きいと思います」

 無月経になってまで在学中に成績を出そうとするのは明らかに間違っている。長いアスリート人生の中の一部分を預かっているという意識を持つことが肝要だろう。

女性アスリートの心理とうまく付き合う。

女性は心が揺さぶられる生きものであると理解する。

 女性特有の心理面に対する理解も指導者には必要だ。特に男性指導者は実感として理解することが難しいが、高尾氏はその心理面の特徴を「言葉の意味を間違わずに捉えて欲しい」と前置きしながら、「扱いが面倒くさい生きもの」と説明する。

「いちいち心が揺さぶられるのが女性心理。揺さぶられる理由は、パフォーマンスが発揮できない場合もあり得るし、月経周期の影響でそうなっている場合もあり得るし、競技とは関係なく友人関係や家庭のことで揺さぶられていることもあります。ですから男性指導者からしたら、わかりにくくて、下手に声をかけると火に油を注ぐようなことにもなってしまう。とても扱いが面倒な存在であることは確かなのです」

 ではどうやって接していけばいいのだろう。高尾氏は「揺さぶられる生きものであることを前提に、その現象を大きく捉えて欲しい」と言う。

「選手一人ひとり、揺さぶられた際の心のアップダウンの幅を知ることと、どういうときに揺さぶられやすいのかを把握することを心掛けてください。ポイントは、不平不満があるように見えたり、やる気がなさそうに見えても、即座に注意や指導をしないことです。少し時間をおいて、親しい仲間から様子を伺ってもらえば落ち着くことが多いです。アップダウンもキャラのうちと捉えるのがいいでしょう」

対立する女性同士は距離を取り、実力順で選抜する。

 さらにチーム内には女性同士の複雑な思いも錯綜する。女性同士のコミュニケーションにおいては男性同士では起こらないような様々なトラブルが起きやすい。それは男女の思考回路が違うからと捉えた方がいいという。

「男性はひとつのことに集中して深掘りする傾向が強いのに対し、女性はいろいろなことを並行して少しずつ処理したり、気に入ったものは頑張るけれど、気に入らないものは簡単に投げ出すようなところがあります。従って思考や行動も異なってきます」

 トラブルがあると女性は引きずることが多く、一旦おさまっても根に持つ状態が続いたりする。そうした場合は人と人との組み合わせを意識すべきと高尾氏はアドバイスする。

「相性のいい人同士は一緒に組ませ、よくない人同士は離すというのが基本です。もしリーダー的なキャラの女性同士がいて対立していれば、それぞれの人に近い人と普段は組ませておき、レギュラーを決めたりポジションを決めたりする際はあくまでも実力順でメンバーを選ぶ。トップアスリートになるような選手は本来人間性が高く、コミュニケーション能力も高くなっていきます。また、実力が伴わない人同士の対立の場合は特に何もする必要はありません」

女性特有のからだの変化をトレーニングに取り入れる。

月経周期がコンディションに影響する選手がいる。

 月経周期がコンディションに影響する選手とほとんど影響しない選手がいる。女性アスリートのコンディショニングを指導する場合、その把握は大切な要素となる。

「女性の生理を苦手とする男性指導者も少なくありませんが、まずは月経の基本的な知識を学び、月経周期のどういう時期にどういう心と体の変化が起こるのかを大まかにイメージできるようにしてほしいと思います」

 さらに、自分は月経の影響を受けなかった、我慢したという女性指導者も、影響を受ける人もいること、今は対処法があることを知ってほしいと高尾氏は言う。

 月経の影響を受ける時期は大まかに3つある。まず調子がよくなる人が多いのは、「月経終了後から数日間」、逆に調子が悪くなる人が多いのは「月経前3~10日」と「月経中」で、調子が悪くなる原因は異なっている(本シリーズ第2回を参照)。

「この選手がこういう動きや発言をするのは、今こういう時期だからなのかと想像して接してくれるだけでも選手はとても助かります。信頼関係も変わります。指導者が自分では扱えないという場合も、そういったことがあるという認識を持っていることが大事で、チーム内で解決できる仕組みをつくるべきです」

月経による変化を取り入れた練習メニューがあってもいい。

 高尾氏は、月経がコンディションに影響することを考慮した練習メニューを提案する。

「まずは選手本人に月経周期がコンディションにどのように影響するのかを自己管理してもらいます。その上で、影響がなければ0、少し調子が悪ければ1、かなり悪ければ2といったように自己申告してもらい、強度の異なる練習メニューに取り組んでもらいます。チームで行う練習は難しくても個々の練習には取り入れられるのではないでしょうか」

 もちろん月経の知識をみんなで共有することが前提となる。

「今は頑張れるとき、今は頑張りにくいときという時期がそれぞれにあり、それに反して頑張っても効率が悪いということです。強度の軽いメニューを選んでもサボっているのではないという全体の理解が必要です」

 月経周期は女性ホルモンの分泌によるもの。分泌される女性ホルモンによって体質も変化する。従って減量や筋トレに適した時期もあることも指導者は知っておくべきだ。筋肉量を増やしたいのであれば月経後から排卵までの間が効果的で、体重を落としたい場合は月経の終わりから取り組むのが時期的にベストとなる(ピルを服用している場合は時期による変化はない)。

ケガにも性差があり予防のポイントも異なる。

 近年のスポーツ医・科学においては、ケガのリカバリーをどうするかより、いかにケガをしないように準備をするかに重点が置かれている。そのためには、女性特有のからだのつくりを理解しておく必要がある。

「この5年ほどで、女性アスリートは男性と同じことをやっていても強くはなれないということが認識されてきました。つまり、ケガにも性差があって、どういう動きをすると女性はケガをしやすいのかがわかってきて、そうならないように対策をする時代になったのです」

 特に女性に起こりやすいケガとして知られているのは、疲労骨折と前十字靱帯の損傷だ。疲労骨折でも特に多い箇所が、恥骨、中足骨、腰椎。成長過程においてはまだ骨密度が高くないので負荷のかけ過ぎはよくないし、当然エストロゲンの分泌がある状態でなければならない。ケガを予防するためのストレッチや練習方法もアップデートされており、各競技団体などからも情報提供されている。

 さらに高尾氏がひとつ付け加えるのは、月経周期に伴って関節可動域が大きくなる女性がいること。リラキシンという骨産道を広げるホルモンが月経前に分泌する人がいて、その人はその時期に関節可動域が大きくなる。

「自分で関節可動域がけっこう変化するなと感じている人は要注意です。関節可動域が大きくなると、片足荷重になったときなどに膝がガクッとなり、内反捻挫をしやすくなります。月経前の練習ではテーピングで対策するなど気をつけなければなりません」

コロナ禍を乗り越え、指導者の真の役割が問われている。

理不尽な理由による挫折を経験させないように。

 高尾氏は最後に指導者へのお願いとして、トラウマになるようなメンタルの傷をつけないでほしいと言う。

「スポーツは本来、心身の育成にプラスに作用するものであり、好きで始めて楽しくて続けてきたもののはずです。しかし実際の現場はけっこう人間くさいもので、傷つき心折れて競技を離れる人もいます。そこで指導者にお願いしたいのは、しなくてもいい挫折を味わわせないでほしいということ。自分自身が頑張りきれなかったから試合に負けたとか、堂々と競い合って負けたのであれば、一時落ち込んだとしても納得できるし、トラウマにまではなりません。しかし、人間関係の中で自分ではどうにもらない理不尽な扱いを受けたりすると思春期や青年期の若者は簡単に傷つき、せっかく夢を抱いて始めたスポーツなのにマイナスの効果しか生まなくなります。それがトラウマになったり、マイナス思考につながったりすれば、その後の人生にもよくない影響を及ぼしかねません」

 指導者によるハラスメントはその最たる例だろう。だからこそ指導者は、成長過程にあるアスリートを見ていることを強く意識しなくてはならないと訴える。

免疫を落とさないこともアスリートにとって大切。

 2020年に開催される予定だった東京2020オリンピック・パラリンピックが延期された。国内外のあらゆる競技大会も中止となった。選手には責任のない理不尽な出来事でモチベーションの維持に苦労していると思われるが、自然災害であるだけに割り切って、今は次の大会や目標に向けて粛々と準備を進めることが大事だと高尾氏は言う。

「どのような環境にあっても、やるべきこと、できること、理にかなったことは変わりません。それを粛々とやっていれば、それに伴う結果が出ます。自分を信じて頑張ってほしいと思います」
 医師として助言できるのは、免疫を落とさないような生活をおくることだという。

「今、女性アスリートからは生理不順の相談が増えているのですが、これは女性ホルモンの分泌をコントロールしている視床下部にストレスがかかっていることが原因と考えられます。視床下部は他に自律神経や免疫を司っており、生理不順があるということは免疫も落ちていることが考えられます。平時ではない今はストレスがかかるのも当然ですが、できるだけ日常を取り戻し、元に戻していくことがアスリートには求められます。できることは基本的なことです。よく寝る、しっかり食べる、そして手洗いをする、粘膜を触らない。今後、行動制限が解除されていくでしょうが、長距離の移動や合宿でも免疫状態が落ちることが知られているので、気をつけてほしい点です」

 来たるべき時にアスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるように、今こそ指導者の役割が問われていると言えるだろう。

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