東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2015/03/23

食べることもトレーニングのひとつ。しっかり食べて強くなってほしい。

食べることもトレーニングのひとつ。しっかり食べて強くなってほしい。

オリンピックに公的立場で帯同した日本初の管理栄養士であり、スポーツと栄養の両方の専門知識を持つ『公認スポーツ栄養士』の第1号でもある田口素子氏。トップアスリートをサポートしてきた経験と知識をジュニアアスリートへと展開。トレーニングと同じくらい食事も大切だと選手や指導者に訴える。

田口 素子

田口 素子(たぐち・もとこ)

早稲田大学 准教授 早稲田大学スポーツ栄養研究所 所長

専門分野:スポーツ栄養学 ・日本スポーツ栄養学会(理事) ・日本陸上競技連盟医事委員会(委員)

主食・主菜・副菜・乳製品・果物の
5つを毎食揃えるように心がけよう。

ジュニアアスリートにこそ〈栄養サポート〉が必要。

東京都の強化指定選手のために作成された冊子がある。タイトルは『Nutrition』。東京都が平成21年度からスタートした〈競技力向上 スポーツ医・科学サポート事業〉(現在、テクニカルサポート事業として継続)の一環として発行された"スポーツ栄養・食事学"をわかりやすく解説したテキストだ。東京都スポーツ文化事業団のHPからダウンロードもできることから、都の枠を超えて活用者が広がっている。この『Nutrition』を監修したのが田口素子氏。田口氏はオリンピックに公的立場(日本陸上競技連盟支援コーチ)で帯同した日本初の管理栄養士であり、国立スポーツ科学センター栄養部門の管理栄養士も務めるなど、トップアスリートの栄養サポートに長年取り組んできた実績を持つ。

「トップアスリートの栄養サポートをやればやるほど、やはりジュニアアスリートの育成が大事だと考えるようになりました。なぜか。国際大会でメダルを取るような選手たちは、本当に地道なトレーニングを日々積み重ねて強くなっています。食事も同じです。日々何を食べてきたかの結果として体が変わってくる。トレーニングと食事はまさに車の両輪。それだけに、しっかり体をつくらなければならない成長期のジュニアアスリートにこそ、食事に対する基本な考え方を身につけてもらいたいのです」

アスリートの食事の質をいかに確保しやすくするかを探究。

田口氏の話には"栄養"より"食事"という言葉がよく出る。そこには確固としたポリシーがある。

「一般的に栄養士は、栄養のバランスをよくしましょうと言いがちです。しかし、そう言われて食事の内容をどう見直せばいいのかわかりますか?たんぱく質や炭水化物と言われても、それがどの食材や料理に入っているのかわかる人は少ないと思います。だから私は逆に説明していくのです。なにを、いつ、どのくらい、どのように、食べればいいのか。どういう料理を組み合わせればいいのか。目の前にある食事をイメージしながら具体的に指導することが肝心で、栄養素の説明はそれからでいいのです。知識だけあっても、口に入れないことには必要なエネルギーや栄養摂取はできないですからね」

なるほど『Nutrition』もそのような構成になっている。まず目に飛び込んでくるのはおいしそうな料理の写真で、主食・主菜・副菜・乳製品・果物の5つを毎食揃えるように心がけようと呼びかけている。主食はエネルギー源!主菜は筋肉をつくる!副菜は体調を整える! 説明もわかりやすく、食生活の改善につながりやすいアプローチだ。

「アスリートの食事の質をいかに確保しやすくするかを探究したもので、これまでの研究結果が反映されています。トップアスリートの栄養サポートもジュニアアスリートの栄養サポートも基本は変わりません。普通の食事で十分にコンディションを整え、体作りやケガの予防につなげることができるのです」

自己管理能力を身につけてほしい。
そのためのお手伝いは惜しまない。

スポーツの現場で実践できるスポーツ栄養学を追求。

指導の場面では食事というわかりやすい形をとるが、スポーツ栄養学はサイエンス。エビデンス(証拠)を重視し、現場で応用できるような研究を積極的に行う必要がある。そのための拠点として田口氏は、『早稲田大学スポーツ栄養研究所』を立ち上げ、他大学や各種競技団体、企業との共同研究を進めている。

「なにを、どう食べた結果として、選手の体やパフォーマンスがどう変わったか。研究者自らが現場に出向き、調理もし、選手一人ひとりがなにを食べたかを全部追いかけ、身体や体力の測定をし、競技の結果を把握することもあります。3カ月、6カ月というスパンで選手に寄り添う。そういう時間と手間のかかる食事介入研究を行ってエビデンスを集積しています。現場を知らないと研究成果を生かすことができないからです」

研究と現場が密接にリンクすることで〈栄養サポート〉の中身も洗練される。〈テクニカルサポート〉を通じて得られる知見も、次の世代のアスリート育成に引き継がれていくのだ。

自分で考える習慣をつけさせることがなによりも大切。

ただし、『Nutrition』はあくまでもツールのひとつ。〈栄養サポート〉は、あくまでも人と人との交流を通した"学び"が主体だ。

「『Nutrition』などをテキストに、スポーツ栄養についてのセミナーを実施しています。ただし、やはり選手が知りたいのは、自分の食事はどうなのか、どうしたらいいのか。そこで事前の食事調査と個別面談による食事指導などを行うのですが、選手の学年や競技種目、知識レベルに応じてその内容も変わります。例えば、セミナーを何度か受けたことがある選手には、すぐにアドバイスをするのではなく、自分の食事を改善するためにはどうしたらいいと思う?と問いかけ、自分自身で課題を見つけて目標を立ててもらいます」

コンビニなどで手軽に食べ物が手に入る飽食の時代にあって、食事という日々の行動を変えるには、自分で考える習慣をつけさせることがなによりも大切というわけだ。

「けっしてコンビニを否定しているのはありません。しかし、そこでなにをどう選ぶべきかを考えないと栄養バランスを崩す原因にもなり、選手のためになりません」

食べることもトレーニングのひとつ。しっかり食べて強くなってほしいから、自己管理能力を身につけてほしい。そのためのお手伝いは惜しまないというのが田口氏のスタンスだ。

ジュニア時代に食事の基本を身につけ、
成長と共に栄養学的ストラテジーを学ぶ仕組みを。

栄養サポートには、選手、指導者、保護者の3者の理解が不可欠。

〈栄養サポート〉は競技団体ごとの実施が基本だが、都は学校やチームなど個別の依頼で栄養士の派遣も行っている。幅広くジュニアアスリートを育成するためだが、いずれの場合もその対象は選手だけではないと田口氏は強調する。

「栄養サポートは3方向同時に行うことが大事だと考えています。選手、指導者、そして、保護者(もしくは調理担当者)の3者です。いずれの理解が欠けても栄養サポートはうまく成果をあげることができませんし、3者が協調して理解を深めていけば、よい循環がまわりだし、成果はより大きなものになります。これまでの取り組みでそんな成功例がいくつも生まれています」

食事の大切さが3者共通の認識となった団体では、セミナーや食事指導からさらに一歩踏み込み、トレーニング合宿の献立まで相談されることもあるという。そして田口氏は、「もっと私たちを利用してほしい」と訴える。

「スポーツ栄養の専門家と連携し、選手の食環境を整えてあげることは指導者の役割のひとつだと思います。私たちは、伝えたいことはたくさんあるのですが、押しかけてサポートするわけにはいきません。ぜひ選手や保護者への働きかけができる機会をつくってほしいですね」

選手向けセミナーとセットで保護者向けのセミナーを行ったこともあり、そこでも大きな手応えを感じたそうだ

「"食生活のコーチは保護者です"といって理解を求めています。選手にだけ行動変容を求めても難しい。保護者にも一緒に考えてほしいのです」

安全でおいしくて栄養も考えられた"和食"でおもてなしを。

オリンピックをはじめとする国際大会で活躍できるトップアスリートを数多く輩出するには、ジュニア時代から食事の基本を身につけ、成長や競技力の向上と共に競技種目に特化した栄養学的ストラテジー(戦略)を学んでいく仕組みが必要だ。

「ジュニアアスリートを対象とする都のテクニカルサポートは、その意味で画期的な取り組みだと思います。国際レベルのアスリートを発掘・育成するには長期的な視点が大切だからです」

田口氏は、その仕組みを支える栄養サポート・スタッフの増強にも取り組んでいる。そのひとつが『公認スポーツ栄養士』の育成と普及だ。『公認スポーツ栄養士』は、スポーツと栄養の両面から専門的な指導ができるスペシャリストの資格で、日本体育協会と日本栄養士会が共同認定する、世界でも例のない制度だ。

「テクニカルサポートはもちろん、2020東京オリンピックなどの国際大会も、公認スポーツ栄養士を中心とする専門集団でサポートができればと考えています。例えば、安全でおいしくて、しかもアスリートのための栄養も考えられた"和食"で海外選手のおもてなしができれば、日本スポーツ界のプレゼンスも向上すると思うのです」

前回の東京オリンピックの年に生まれ、2020東京オリンピックを目前に、食事からアスリートを支えることに使命感を感じるという田口氏。スポーツ栄養学のさらなる可能性を確信している。

関連情報

主な著書『戦う身体をつくるアスリートの食事と栄養(共著)』(ナツメ社)、『体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学(編著)』(市村出版)など多数。

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