東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2021/01/07

意識の転換を促す。 見返りを求めない。~選手の潜在能力を引き出せる指導者とは~

意識の転換を促す。 見返りを求めない。~選手の潜在能力を引き出せる指導者とは~

スポーツの世界には“名将”と称される監督がいるが、トップレベルの選手・チームを率いる指導者たちは、どのようなメソッドやマインドを持って選手の競技力やチーム力を引き上げているのだろうか。実績を残している指導者のインタビューを通してコーチングやスポーツ心理学を研究する堀野博幸氏は、自身がサッカーチームを率いた経験も踏まえ、指導をするうえで大切なのは、選手のやる気を引き出し潜在能力を発揮させる「動機づけ」にあるという。

堀野 博幸

堀野 博幸(ほりの・ひろゆき)

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 人間科学博士 日本サッカー協会(JFA)アカデミー・心理サポート(女子担当) 日本心理学会、日本スポーツ心理学会、日本コーチング学会

〈アカデミックフィールド〉専門はスポーツ心理学、コーチング心理学、コーチング科学。実績を残している指導者たちのインタビューを通じて有効なコーチングの要素や普遍性を考察する「コーチング・メンタルモデル」の研究に重点を置く。 〈スポーツフィールド〉ユニバーシアード・サッカー日本女子代表監督・コーチ(2003年、09年、11年、13年)、ロンドンオリンピック・なでしこジャパン・テクニカル分析スタッフを歴任。2017年タイペイ女子サッカーリーグ台中藍鯨の監督に就任し同年リーグ優勝。2018年日本サッカー協会の国際交流・アジア貢献活動にてチャイニーズ・タイペイ(台湾)サッカー女子代表の監督に派遣され、アジア大会で20年ぶりのベスト4進出に貢献。

選手の内面からモチベーションを引き出す。

選手の動機づけを刺激する心理学的なアプローチ。

選手の競技力及びチームの力を向上させるのが監督やコーチら指導者だが、指導者自身の資質向上のためには何が必要なのだろう。スポーツ心理学やコーチング心理学などメンタルがパフォーマンスに及ぼす影響やその要因を研究する堀野氏は、技術・戦術・体力に関する知識はもちろんのこととして、大事なのは、選手の動機づけをうまく刺激することだという。動機づけは心理学の用語で「モチベーション」のこと。人が何か行動を起こし、行動を持続するために必要な心の力であり、その心の力を選手の内面から引き出すことをいう。まず、心理学の面からコーチングにおける動機づけの普遍的なアプローチを聞いた。

●「安全」「承認」「自己実現」でステップアップ

様々なレベルの選手が一緒に活動する学校スポーツなどの現場で役立つ方法だろう。

「最初に行うべきは、選手が安心してプレーできる環境を整えることです。物理的な安全面もそうですし、こんなことを言ったら監督から怒られるんじゃないかとビクビクすることがないように、安心してノビノビとプレーでき、様々なプレーに積極的にトライできる環境を用意してあげる。そうすると選手は良いプレーをしてメンバーに認めてもらいたいという承認欲求が出てきます。それが満たされチームの中心選手クラスになると、もっともっと上達したいという自己実現の欲求が出てきます。そのため、選手の状態を観察し、彼らの欲求の段階に応じたトレーニングを用意してあげたり、内発的な動機づけを高めるコーチングを意識的に行ったりすることが重要になります」

●「内発的な動機づけ」をベースにしつつ「外発的な動機づけ」で刺激

動機づけは大きく2つに分けられる。選手の外側から刺激を与える「外発的な動機づけ」と、選手の内側から湧き出てくる「内発的な動機づけ」だ。

「選手は目の前に見える目標がないと頑張れないので、例えば、この大会で勝てば新たな歴史を刻めるよ、プロに一歩近付こうなどと激励したりします。これが外発的な動機づけで、その刺激は短期的には大きな動機づけにはなります。しかし、自分の力の及ばない外的なこと、例えば指導者からの評価や伸び悩みで選手が悩んだり苦しんだりしているときには、外発的動機づけだけで選手を立ち直らせることはできません。そんなときに必要なのが、選手自らのこころの中で眠っている、モチベーションの源泉となる内発的動機づけです。環境づくりや日々の対話から選手の内面に働きかけることが大事になります」

実は内発的な動機づけは、選手がもともともっているもの。スポーツが楽しい、もっと上手くなりたい、スポーツを通して成長したいといった純粋なものだ。しかし、プレッシャーを感じたり自信をなくしたりすることでいつしか見失っている。内発的な動機づけはそれを再発見し解き放つ作業でもあるという。

●「達成動機」が強い選手か「失敗回避動機」が強い選手かを判断

また、選手に働きかける際は、その選手のパーソナリティや個性を見極める必要があるという。

「勝手にどんどん突き進み、難しいことにチャレンジする選手とすぐ守りに入って新しい挑戦に消極的な選手がいます。心理学では、前者を「達成動機」が強いタイプ、後者を「失敗回避動機」が強いタイプに整理していて、それを念頭にどちらの傾向が強いのかを観察すると選手のパーソナリティの一端が見えてきます。達成動機が強いタイプには無茶をし続けないようにときには冷静さを促し、失敗回避動機が強いタイプには激励して背中を押してあげます」

いずれのタイプに動機づけをするにしてもタイミングやかける言葉は選手によって異なる。仕草や顔色、目つきなどを観察し、選手の心の内面まで洞察することが肝要だ。

選手が自ら考え、気づき、意識が転換するのを促す。

堀野氏が最近着目しているのが、育成年代で実績を残している指導者たちの内発的な動機づけに対するアプローチ。そこには共通の哲学があるという。

「指導者は選手よりもいろいろな経験をして知識も持っています。どうしても、それを選手に伝えて、早く成長できるように促したくなるものです。しかし、近年実績を残している指導者は、直接的に手取り足取り教えるようなことはしません。肝心なこと、核となる部分は問いかけながら選手たちに自分で考えさせる。選手たちにしてみると、コーチが教えてくれるだろう、指示してくれるだろうと思っていたのにしてくれない。そこで、だったら自ら行動しなければならないと思考や認識の"転換"が起こり、自分たちで考え始めます。何を問われているのか気付くことで、内発的な動機づけが刺激されていきます。しかし決して放任するのではなく、方向性や手掛かりを示しながら忍耐強く選手の心の持ち方が"転換"するのを待ち、選手の自立を促すのです」

なぜそれができるのか。それは指導者自身が現役時代や指導経験を通じて、何かに気付いて自らの行動や考え方が大きく変わるのは、人から何かを教えられたときではなく、自分で考えてつかみ取ったときだという成功体験を持っているからだという。

心理学を生かして台湾女子代表をベスト4に。

究極の動機づけは上達できると感じられるトレーニング。

アカデミックフィールドにおいてスポーツ心理学やコーチング心理学などの研究活動に取り組む一方、スポーツフィールドにおいて幾多のサッカー女子チームの監督や心理サポートも務める堀野氏。各フィールドから得られる知見の融合も大切にしており、2018年にチャイニーズ・タイペイ(台湾)サッカー女子代表の監督に就任した際も、ある著名監督の言葉から得られたコーチングの方法を自分なりにトライしたという。

「スペイン代表監督としてワールドカップ優勝経験もあるその監督は、トレーニングで大切なことは何かという質問に対し、選手がうまくなれると実感できるトレーニングだと答えたのです。戦術や技術云々ではなく、これをやればもっと上達できると感じられるトレーニングだと。そんなトレーニングができれば選手たちは放っておいても一生懸命やる。つまり心理学的にも内発的動機づけを強く刺激できるというわけです」

すでに名誉もお金もあるトッププレーヤーであっても、成長を感じられることがうれしく、サッカーが本当に好きなんだという素の部分が出てきて、夢中になる。そんなトレーニングを提示するには最新のスポーツ科学や戦術論などが不可欠ではあるが、動機づけの真実を語る言葉として堀野氏は受け止め、台湾で導入した。

"リボーン(reborn)"を合言葉にチームを再生。

堀野氏は、うまくなれると思えるトレーニングを多面的に展開し、次々に実践した。まず、その前提として、崩れかけているメンタルを立て直そうと働きかけた。前年に自国開催だったユニバーシアード大会で、期待されながらもグループリーグで敗退し、若手の選手たちが自信を失いかけていたからだ。

「来たるべきアジア大会ではおもいきってベスト4をめざそう。ポテンシャルは十分に持っている。これまで積み上げてきたものや得意なところは大切にしながら、生まれ変わろう。そのために必要なノウハウはしっかり伝えていくからと、『reborn(生まれ変わる)』という言葉を使って選手たちを鼓舞しました」

ベスト8も厳しいのではないかと考えていた選手たち。最初は疑心暗鬼の様子だったが、子どもたちにサッカーを教えるボランティア的な活動を通じてサッカー本来の楽しさや初心を思い出してもらうことから始めると笑顔が戻った。日々のトレーニングメニューには毎回同じメニューを組み入れ、着実にうまくなっていることを感じられるように工夫。台湾の選手が大好きな1対1の戦いが多く生まれる練習などで闘争心をかきたて、選手自らがプレー結果を判断できるトレーニングをたくさん取り入れた。さらに男子チームとトレーニングマッチを重ね、それまで勝てなかった高校生男子に勝てるようになると自信を取り戻すことができた。テクニカルプレーの多い日本やフィジカルに強いオーストラリアなどへ遠征し経験値も引き上げていった。

ポジティブな言葉がチームも選手もポジティブにする。

選手一人ひとりにもアプローチ。その際に大切にしたのはポジティブなコーチングだ。

「できるだけ選手一人ひとりと話す機会を増やしました。その際に心掛けたのは、自分の課題はなんだと思う?というようなネガティブな話は一切せず、どうなりたい?どんなこと頑張ってるの?もっと頑張りたいことってある?といったポジティブな話に徹し、そんな会話の中から目標を自分で設定してもらうようにしました」

普段の声掛けも、指図するような言葉は封印。やってほしいことを伝えるにも「○○をやってくれてありがとう」と言った。まだやっていないのにありがとうと言う監督に最初こそ戸惑っていたものの、選手たちも照れ笑いで動いてくれるようになり、チームの雰囲気は格段に良くなっていったという。
もっとも印象的だったのは、ベスト4進出がかかった大事な試合の前のミーティングで、たどたどしいながらも中国語でチーム全員に語りかけたことだという。

「一番大事な目標に挑戦するその日には、自分も仲間だということを伝えたかったんです。中国語は下手だけど、外国人の監督じゃなくて自分たちの仲間だという一体感を、そして"自分たちならできる"というチームとしての効力感を感じてくれたのでしょう。ドレッシングルームの空気が一瞬にして変わりました。結果的にチームは20年ぶりのベスト4進出を果たすことができ、動機づけの大切さをあらためて感じました」

それまでのコーチングがあったからこそ選手の心に響いたのだろう。キャプテンは「監督は私たちの知らなかった部分をトレーニングによって発展させてくれた」と振り返っている。

どうしようもないことは整理して切り替える。

見返りを求めず、無償の愛を注げるか。

数多くの指導者にインタビューしてきた堀野氏だが、中でも感銘を受けた言葉があるという。指導者が選手と向き合うにあたっての心構えについてだ。

「その方は、選手を愛することができるか。もっと言えば、無償の愛を感じられるかどうかだと言われました。これだけ面倒をみてやっているのだから俺の言う通りにプレーし結果を出せよというのではなく、何があっても選手のことを受け入れて愛情を注ぎ続けられるようでなければいけないと言われたのです」

任せたり委ねたりした選手が思い通りに行動してくれない。期待した結果を出してくれないということはよくあること。裏切られたと感じることもあるだろう。それは指導者が自分で気づかないうちに見返りを求めているからだ。

「心理学でこれを整理すると、"無償の愛"というのは内的なものと外的なものを仕分けるスイッチとして機能します。内的なものというのは自分で努力すれば変えられるのに対し、外的なものというのは自分の努力だけでは直接変えることができないこと。いくら親身に面倒をみたからといっても選手は別個の人間ですから思い通りに動かすことはできません。変えることができるのは指導者自身、つまり自分自身だけです。ですから選手を変えようとするのではなく、自分自身の選手への関わり方を変えることにエネルギーを向ける。そうすることで、もしかしたら選手が変わってくれるかもしれません。外的なことに囚われず、内的なことに注力できること。それが選手に見返りを求めない、無償の愛につながっていくと考えられます」

近年の実績ある指導者は、スイッチに使う言葉は違ってもそうした仕分け・切り替えがうまく、結果に拘泥することなくポジティブに次に進めるのだという。

コロナ禍での経験がストレス耐性を高める。

最後に、コロナ禍の今だからこそ指導者が取り組むべきことを心理学の側面から伺った。

「緊急事態宣言が出された春頃から最近に至るまでアスリートたちは苦しみ、大きなストレスを感じていました。今年が大学最後の年という選手には自暴自棄になりそうな人もいました。しかし、感染対策をしながらトレーニングが再開され、試合が再開されるようになり、ようやく選手たちは落ち着きを取り戻しつつあります。そんな今だからこそ、外的な要因について自分たちがどう整理できるのかを選手と指導者が一緒に考えてみると良いと思います」

外的な要因とは、自分の力ではどうしようもないこと。コロナ禍を予測するのは難しいが、どうしようもないことが起こる可能性は常にある。

「最初は誰も不安や怒り、憤りなどの感情を持ったことでしょう。しかし、外的なことに感情を向けすぎるとネガティブな思考に陥るだけです。"なぜ自分がスポーツを続けるのか?" コロナを契機に、多くの選手や指導者の方々がこの問いに向き合った結果、その根幹にある内発的動機づけの重要性に改めて気がついたと語っています。今回のことを貴重な経験とし、どんなことを考え、どうやって心を整理し、いかに困難を乗り切ったのか。この機会にそのことを共有しておくことで、次に何かの事態が起こったとき、うまくストレスに対処したり、考え方をポジティブに変えたりすることができるのではないでしょうか」

堀野氏が心理サポートを行うチームでも、リーダーが声をかけてミーティングが行われたという。めざしてきた大会が中止となり、選手の心がバラバラになっていたからだ。

「日本一という一番大きな目標がなくなったとき、次にどんな目標を掲げればいいのかを話し合ったのですが、その際、なぜ自分たちはスポーツをやっているのかというベースのところからお互いの気持ちをぶつけ合ったそうです。大会で勝ちたいとか、もっとうまくなりたいとか、人間として成長したいとかそれぞれの思いを。思いがすれ違う時間が長く続きましたが、最後には、じゃあそういう多様な目標をお互いに認め合い、動機づけがそれぞれ違ってもいいじゃないか。今はスポーツができることに感謝し、今できることを、つまり"内的なことに集中して"しっかりやろうとポジティブな気持ちでまとまったといいます」

スポーツのできる環境が少しずつ戻ってきた、この時期だからこそできる新たな動機づけもあるのだ。

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