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世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2016/03/29

メンタルの強化で選手はもっと強くなる。~競技力向上のためのメンタルトレーニング~

メンタルの強化で選手はもっと強くなる。~競技力向上のためのメンタルトレーニング~

高妻容一氏は、日本のスポーツ分野における「メンタルトレーニング」の先駆者であり第一人者。メンタルトレーニングとは、いつでも、どこでも、選手が持つ本来の実力、最高のパフォーマンスを発揮できるように心理面を強化する「競技力向上」のために欠かせないトレーニングである。メンタルトレーニングの重要性、指導者の心構えなどを高妻氏に伺った。

高妻 容一

高妻 容一(こうづま・よういち)

東海大学体育学部 教授 スポーツメンタルトレーニング上級指導士

国際応用スポーツ心理学会、日本スポーツ心理学会など多数の学会に所属し、Sport Psychology Council(世界各国のスポーツ心理学の代表者の組織)委員、メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会代表・事務局で活躍する傍ら、現場での指導者としても多くのチームや団体のメンタル面強化のアドバイザー等を務めている。

メンタル面が弱いのはトレーニングをしていないから。

宇宙飛行士の訓練からオリンピック選手の強化へ。

メンタルトレーニングが最初に行われたのは旧ソ連。まだ誰も行ったことのない宇宙への不安や死への恐怖を克服すべく、宇宙飛行士の訓練に取り入れられた。スポーツ分野で本格的に活用したのは、旧ソ連や東欧諸国、その後、ロサンゼルスオリンピック(1984年)を前にした、アメリカとカナダ。その成果はメダルの獲得数となって表れ、メダルを手にした選手たちがメンタルトレーニングの効用を主張したことで世界的に注目が集まった。高妻氏は、80年代のアメリカ留学中にこのメンタルトレーニングと出会い、衝撃を受けたという。

「スポーツ心理学の研究のために留学していたんですが、大学院でディスカッションすると必ず聞かれるんです。日本のスポーツはどうなのと。日本の現状を伝えると、〈そうか、アメリカも30年前はそうだったよ〉と軽くいなされる。そんなに遅れているのかとショックを受け、なんとかしなくてはと思いました。以来30数年、日本を世界レベルにしたいという思いは今も変わりません。いまだに追いついていませんからね」

ロサンゼルスオリンピックで日本は、期待したほどの成績を残すことができず、特に陸上競技ではほとんどの選手が自己新すら更新できなかった。マスコミからは〈日本人はメンタル面が弱い〉と酷評された。

「実際は、日本人のメンタル面が弱いのではなく、アメリカなど海外の選手やチームは、すでにメンタル面の強化をしていたのです。日本は技術・体力面の強化はがんがんやっていたけれど、メンタル面に関しては何もしていなかったんです」

そうした海外の状況をみて、メンタルトレーニングが日本に輸入されたのが1985年。日本体育協会のスポーツ医科学研究において様々な研究が行われるようになったが、高妻氏は研究と並行して現場での実践を重視。海外の最新の知見を貪欲に吸収しながら、現場で重ねた事例も取り入れながら、日本におけるメンタルトレーニングのメソッドを構築してきた。

大事な試合の本番で実力を発揮するために。

確かにメンタルトレーニングという言葉は広まっている。その効用やアドバンテージも知識としては知られているだろう。しかし、オリンピックや世界選手権といった大舞台で、メダルを期待された選手がメダルを獲れなかったという話は今も珍しくない。番狂わせ。強豪校の予期せぬ敗退。プロ野球の世界ですら、専属のメンタルトレーニングのコーチを置く球団はまだないという。

「日本のスポーツの指導者たちは、みなさん技術の専門家なんですね。現役時代にメンタルトレーニングをした経験もありません。自分が経験していないものを取り入れるのは非常に勇気がいることだと思います」

高妻氏がメンタルトレーニングを導入する場合、まず選手たちに『スポーツ心理テスト』を行ってメンタル面の強さを分析するのだが、〈心・技・体の中で試合で重要なのは何ですか?〉と聞くと、ほとんどの選手が心・技・体の順番で上げるのに、〈では毎日の練習はどうしていますか?〉と問うと、技・体・心の順番になってしまい、心に関しては、指導者が〈気合いを入れろ!〉と叫んでいるだけという実情が浮かびあがる。

「指導者は結果が出ないと、〈どうしていつもできることが試合でできないんだ〉と説教をし、選手の責任にしてきたんです。もちろん、メンタル面の強化を怠ってきた指導者に責任があるのですが、指導者もどうして実力を出せないのかがわからないんですね」

メンタル面強化の重要性を理解していなければ、実力を出せないだけでなく、優秀な選手の芽を摘むことにもなりかねない。

「日本の競技スポーツにおいてよく見られるのが、怒られるからやる、ご褒美がもらえるからやるという選手の姿勢です。これを外発的なモチベーションといって、選手は"やらされている"ので、やがて行き詰まってつぶれてしまいます。対して、心の底からスポーツが好き、上手くなりたい、試合で勝ちたい、チャレンジすることが楽しいという内発的なモチベーションを持った選手はトップレベルまで駆け上がる。これは様々な研究から明白です」

メンタルトレーニングには、選手の目的意識を明確にして、やる気を引き出す。技術・体力面のトレーニングとの相乗効果も大きい。だからこそ、「私たちのようなメンタルトレーニングの専門家を活用してほしい」と高妻氏は訴える。

メンタルトレーニングはトップレベルだけのものではない。

"琴バウアー"もメンタルトレーニングの成果。

では、メンタルトレーニングを導入したチーム、選手はどう変わるのか。高妻氏が指導やアドバイスに関わったケースの一部をあげてもらった。

「守秘義務があるので詳しくは言えませんが、県選抜の中学生チームが素晴らしい強化をして、男女ともに日本一に輝きました。全国大会に出たことのなかったある大学のチームは、メンタルトレーニングを取り入れて丸1年でインカレ準優勝。かつて強豪といわれたけれど、有力選手たちがプロに転向したために低迷していた実業団チームは、全国大会で春夏連覇という偉業を成し遂げました。メンタル面強化を長く続けているチームは、おしなべて全国大会の常連になっています。メンタルトレーニングの講習を受けた1週間後の駅伝大会で選手15人中12人が自己新を出した高校もありました。もちろんこれらの成果は、選手、指導者の理解と努力があってこそです」

他にも自衛隊体育学校からは、射撃のリオオリンピック代表選手を輩出。また、2016年初場所で優勝した琴奨菊関も高妻氏の指導を受けたひとりだ。取り組み前に、両腕を開いて体全体を大きく反らす、あの"琴バウアー"をルーティーンとして完成すべく助言した。

ただ、こうした事例を紹介したときに言われることがある。〈メンタルトレーニングなんてトップレベルのチームや選手がやるもので、うちはそんなレベルじゃない〉というものだ。高妻氏はこう反論する。

「トップレベルが導入するのは当然だとしても、私は下位レベルのチームこそメンタルトレーニングに取り組むべきだと思っています。なぜか。極端に言うと、弱いチームはメンタル面が弱いから、集中力がなく、ネガティブで、監督やコーチの悪口を言ったり、サボったりしている。強くなる要素がないんです。そういった状況を根本から変えていくときに、メンタルトレーニングはとても効果的です。また、これまでは高校生以上を対象にしてきましたが、近年、中学生にも関わるようになって、こんなに変わるのかというくらい、大きく"化ける"のを見てきました」

どんなレベル、どんな年齢層においても、メンタルトレーニングに取り組む価値があるということだ。

日々のトレーニングの積み重ねがメンタル面を強くする。

もうひとつ、指導者から出る言葉がある。〈そんなことをやっている時間はない〉だ。

「しかし、トレーニングをする時間はあるんでしょう?と聞くと 、〈もちろんやっています〉と返ってくる。つまり、自分が教えられる技術・体力面のトレーニング時間はしっかりとるけれど、メンタル面の強化はそもそもトレーニングだと思っていないから、時間をとるのがもったいないと考えているわけです」

例えば、県として国体選手のメンタル強化に取り組む場合、高妻氏は年間に10~30回、現地を訪れ、1回につき1日8時間、あるいは2日で16時間のメンタル面強化の講習とトレーニングを行うという。もちろん、日々のトレーニングの中にも、後述する心理的スキルをトレーニングする時間を設けてもらう。

「例えば50kgしかバーベルを上げられない選手が100kg上げようとしたら、いきなりは無理です。毎日、筋力トレーニングをして、体の使い方を覚えていきますよね。その積み重ねの結果として半年後、1年後に100kgが上げられるようになる。メンタルトレーニングもまったく一緒です。知識として知っていることと"できる"は違います。メンタルトレーニングは、知って、活用して、試行錯誤して、身につけていくトレーニング。考え方や行動のトレーニングなんです。習慣化・自動化するためには時間が絶対に必要です。手に人と書いて飲み込めばできるような、そんな魔法はありません」

そのため、指導者の意識改革にも腐心する。

「指導者の方にもプログラムを一緒に受けていただくんです。心理テストの結果に課題があれば、〈このチームは完全にやらされている感じですね。選手はいつも監督の顔色ばかり見ているんじゃないですか。これでは今の壁は乗り越えられませんよ〉と言います。そしてメンタルトレーニングを始めた選手たちが、自主的に考え行動するように変わっていく姿を見てもらう。気付いてもらうことが大事なんです」

高妻氏が行う指導者講習会の内容もユニークだ。2人1組になってじゃんけんで負けた人に、〈集中力とは何かを相手に説明してください〉〈さあ今から相手のやる気を高めてください〉と矢継ぎ早に課題を与える。メンタル面を強化するには、理論やプロセス、手法があることに気付いてもらい、試してもらうことが目的だ。

プラス思考を身につけるための習慣はすぐ始められる。

メダリストたちも実践する8つの基本的な心理的スキル。

メンタルトレーニングでは具体的に何をするのか。高妻氏は以下の8つの基本的な心理的スキルを上げている。これらをプログラム化して、より効果的にトレーニングすることがメンタルトレーニングだという。

1)やる気を高める目的で行う目標設定(プラン作成や練習日誌なども含む)。

2)プレッシャーのかかる場面でセルフコントロールするためのリラクセーションや試合での気持ちののりや闘志を高めるためのサイキングアップ。

3)いかにして自分の最高のプレーをするかのイメージトレーニングや新しい技やフォーメーションを上手く身につけるためのイメージトレーニング。

4)試合で爆発するような集中力を高めたり、集中していい練習をするための集中力のトレーニング。

5)好きなスポーツをいかにして楽しむか(苦しい練習をいかにして楽しくするか)のプラス思考。コーチは選手に上手くなってほしいからアドバイスをしてくれていると考えて人間関係をよくする、練習に前向きの気持ちをつくるプラス思考のトレーニング。

6)自分の気持ちを高めたり、ミスした後に気持ちを切り替えたりするためのセルフトーク(自己会話・言葉遣い・声の出し方・普段の会話など)のトレーニング。

7)コミュニケーションのトレーニング:チームワークや人間関係向上。

8)試合で勝つための徹底した準備としての試合に対する心理的準備。

これらの心理的スキルは、オリンピックのメダリストたちが共通して実施していることを研究した結果だ。一流のアスリートはいかにして一流になったのか。その核心と言えるだろう。

「もちろん書籍やDVDで勉強することはできますが、メンタルトレーニング指導士の資格(日本スポーツ心理学会認定)を持った専門家から指導やサポートを受けるとより効果的にトレーニングができます」

呼吸のコントロールによって体と心をコントロールする。

心理的スキルのトレーニングを実施する場合、肝心なのは"呼吸"だという。

「私は、呼吸こそがメンタルトレーニングの命だと思っています。ですから、プログラムの中では呼吸法を非常に大切にしています。例えばリラクセーションを行う際には筋弛緩法も使うのですが、呼吸と体の動きを一致させ、心をコントロールする前に、体をコントロールしていきます。心を落ち着けなさいと言われても、なかなかできませんよね。だから、まずは筋肉から落ち着けさせて、体全体を落ち着かせる。そして、心まで落ち着けさせて、集中させる。なぜそうするのか、その理由も理解しながら、きちんとプロセスを踏んでいくことが大事です」

人間は、頭の中に邪念、不安、雑念が入ると、そのことに気をとられて呼吸が浅く速くなる。すると筋肉の動きが微妙にずれて、いつもと違う動きになるからミスをしてしまう。琴奨菊関、五郎丸歩選手、イチロー選手らが行うルーティーンは、平常心を保ち、集中力を高めるためのものだが、そのカギは呼吸を安定させることにあるのだ。
最後にメンタルトレーニングを本格的に導入する前に、今すぐできることはないか、高妻氏に聞いた。

「一番お勧めで、すぐにできて、でも一番難しい方法があります。普段から物事をプラスに考える思考を身につけるための習慣です。まず、人には笑顔で接すること。〈ありがとう〉と感謝の言葉を素直に言うこと。そして、いつも自信のあるポーズをとってください。上を向いて、胸を張る。肩も足も大きく開いて立つ。歩くときも大股で。不思議なことに本当に自信がみなぎってきますから。うなだれて、肩をすぼめたポーズをとっていると実際に元気がなくなってしまいます。それから口にする言葉は、独り言も会話もすべてポジティブにし、あいさつは、強く、大きな声で、語尾を上げる。これで呼吸をコントロールできるんです。ぜひやってみて習慣化してください。驚くほどすべてが変わりますから」

メンタルトレーニングで日本の選手を世界のトップレベルへ──。その思いを胸に様々な活動を続けてきた高妻氏の視線は、今、2020年の東京オリンピックに向けられている。集大成の場であり、大きなステップアップの場。今こそ、メンタルトレーニングが求められている。

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