東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2019/12/24

もどかしさや悔しさを 感じたときこそチャンス。~メンタルトレーニングで自らを変える~

もどかしさや悔しさを 感じたときこそチャンス。~メンタルトレーニングで自らを変える~

心と体は密接に関係している。感情の動きが体を縛ればパフォーマンスは低下し、感情を上手にコントロールできれば本来の力を発揮できる。高井秀明氏は、スポーツ心理学の知見を活用してアスリートを心理面からサポート。アスリートが自らの心と体をモニタリングし、セルフコントロールするためのメンタルトレーニングを指導する。高井氏は、メンタルトレーニングは「いつ始めてもいい」し、「自分を変えるチャンス」になるという。

髙井 秀明

髙井 秀明(たかい・ひであき)

日本体育大学 准教授 スポーツメンタルトレーニング上級指導士 日本オリンピック委員会強化スタッフ 全日本アーチェリー連盟強化部専門委員

アスリートが抱える心理学的な諸問題の研究に取り組む一方、「心理サポート研究会」を立ち上げ、アスリートの心理サポートを実践。学内のアスリートの競技力向上をスポーツ医・科学の分野から総合的に支える「日体大アスリートサポートシステム(NASS)」の心理サポート部門で主管を担う他、学外からの依頼にも応えてアスリートのメンタル面をサポートしている。

スポーツ心理学で現役アスリートを応援。

たった1%のメンタルの差が勝敗を決する。

「心技体の総和を100%とすると、心は1%にも満たないかもしれないですね」

スポーツ心理学の専門家でありスポーツメンタルトレーニング上級指導士でもある高井秀明氏は、意外な言葉を口にする。高井氏が言いたいのは、実力が拮抗した相手との勝負においては、そのたった1%の差が勝敗を分けてしまうということ。つまり、1%は少ないのではなく、あること自体が十二分に戦うための大きな条件になるということだ。フィジカル(体)やテクニック(技)を向上するための理論やアプローチは進化し、ゴールデンスタンダードのような練習法が今や広く伝わっている。しかし、大切な試合になると緊張して本当の実力が発揮できないと悩むアスリートは珍しくなく、メンタル(心)もトレーニングできることを知らない人がまだ多い。たった1%だが、されど1%。メンタルを鍛えることで、緊張に縛られていたフィジカルとテクニックが解放され、本来のパフォーマンスを発揮できるようになるわけだ。そして、メンタルトレーニングを始めるには絶好のタイミングがあるという。

「特に競技スポーツの世界は、努力しても報われないことが多く、もどかしさや悔しさ、葛藤、憤りを感じますよね。そう感じたときこそ自分を大きく成長させるチャンスです。いつ始めてもいいですし、遅すぎることはありません」

メンタルトレーニングの目的は、自分自身をモニタリングし、セルフコントロールできるようになること。競技はもちろんのこと今後の生き方まで変える可能性を持っている。弱い自分をなんとかしたい。何事にも惑わされない自分に変わりたい。そういう心の底から湧きあがる欲求や渇望感がなければ本当に変わることは難しい。メンタルトレーニングの主体はあくまでも本人。受け身だったり待ちの姿勢で身につくものではないということだ。

自己理解と生理学的な裏付けを重視。

自ら変わりたいという欲求を持ったアスリートに対応できるように、高井氏は「心理サポート研究会」を主宰し、20名以上のスタッフ(教職員や大学院生)とともに心理サポートを行っている。学外からの依頼も多く、対象は学生、社会人、プロに及ぶ。アスリート個人だけでなく、監督やコーチ、チーム全体もサポートの対象で、もちろん競技種目も限定していない。

アスリート個人の場合、心理サポートは1:1の面談から始まる。

「例えば本番前に緊張して集中できないなど、アスリートが訴える問題の原因を明らかにするため、これまで歩んできた競技歴や生育歴をお聞きするんです。生活する環境や家族構成、経済面の状況、得意不得意な授業科目なども含めながら、競技と生活がどのように密着しながら現状に至ってきたのか、そういったことまで詳しく確認させてもらいます」

その上で主訴に対する原因がどこにあるかをスポーツ心理学の側面から時間をかけて分析。医師が患者の病状に合わせて治療内容を決めるように、そのアスリートのためのメンタルトレーニング・メニューを作成。問題解決と競技力向上に必要な心理的スキルの獲得を指導する。心理的スキルとは、メンタルトレーニングの具体的な技法のことだ。

メンタルトレーニングを指導する際に高井氏が重視していることがいくつかある。まず、自己理解を促すことだ。だから高井氏は原因をダイレクトに伝えるのではなく、自分で考えて気付くように布石を打っていく。誰にも依存することなく、自立して自分自身をコントロールできるようになってほしいからだ。

生理学的なデータを示すことも重視している。心拍数や呼吸数、血圧や体温の測定、あるいは唾液中のストレスホルモンの測定などを練習中や試合の前後に行うことで、心理的スキルの効果を科学的に裏付け、その必要性を理解してもらうためだ。

「メンタルトレーニングを通じて自分自身が変わったなと思えたら、それは大きな自信につながるし、その時々の結果に影響されることなく主体性を持って自己管理orセルフコントロールできるようなります。それが心理サポートの終結でもあります」

アスリートを変えた3つの事例。

問題の原因を分析し、解決に導くスキルを指導する。

高井氏のもとには様々なアスリートがいろいろな問題を訴えてやってくる。その一人ひとりに対してオーダーメードのような心理サポートを行っているが、具体的にどのようなメンタルトレーニングを指導しているのだろうか。アスリートを変えた3つの事例を紹介する。

【事例1】なぜか故障を繰り返すプロサッカー選手(男子)

[主訴]
調子が上がってくると決まってケガをしてチームを離脱するということを繰り返している。コンディショニングや体のケアにも気を配っているし、栄養も考えている。なぜケガを繰り返すのかわからない。

[分析]
この選手は日本代表レベルであり、高いパフォーマンスを発揮できるのは、自分自身を追い込める力が高いことに注目。一般的に人は、これ以上の無理をしてケガをしたくないという制限が無意識にかかる。これが心理的限界で、制限しなければ心理的限界を超えて故障する。しかし、この選手は心理的限界を超えてガンガン追い込める。だから人より勝ったパフォーマンスを発揮できるのだが、それだけケガのリスクも高くなるわけで、実際に筋神経系の故障に至っていると分析した。

[指導]
自分自身の体のモニタリング作業ができるようになれば、体の発するSOSにいち早く気付けるようになると考え、リラクセーショントレーニングのひとつである「漸進的筋弛緩法」をベースにしたスキルを指導した。漸進的筋弛緩法は、5秒ほどグッと筋肉に力を入れ、15秒くらい抜く作業を繰り返し、脱力したときにリラックスできたことを感じる方法。高井氏はこれを体のモニタリング用にアレンジ。体の部位ごとに、85%の力を入れたり55%の力を入れたりと1%刻みで筋肉の緊張と弛緩ができるように訓練した。これにより全身の筋肉と対話して小さな異常に気付けるようになり、違和感を感じたら自ら練習プログラムを調整するなど対策がとれるようになったという。この指導のポイントは、メンタル面だけでなく、心と体の不一致をしっかり調整することにあったという。

【事例2】心臓バクバクが気になって集中できない大学生アーチェリー選手(女子)

[主訴]
試合中、心臓がバクバクして、それが気になってシューティングに集中できない。

[分析]
中学校・高校では全国大会で上位入賞を果たしてきた競技歴や、温厚で口数が少なく内向的で、自分を追い込んでしまうタイプであることに注目。大学に入ってシニアと一緒に競技をするようになると自分の技量の低さを痛感したことから、試合がストレスとなって動悸が激しくなり、それに過敏に反応するようになったと分析した。

[指導]
リラクセーショントレーニングでアスリートが最も多く利用している「呼吸法」を習得するように指導。呼吸法は、おへそから拳ひとつ下の辺りを中心に行う腹式呼吸であるが、呼吸によって心拍数を低下させる作用があり、それによってリラックス効果があることが生理学的にも証明されている。人は息を吐くときに鼓動が遅くなり、吸うと鼓動が早くなる。よく大きく息を吸いましょう、ゆっくり長く息を吐きましょうというが、それは息を吐く時間を吸う時間より長くして心拍数を下げようとしているわけだ。高井氏は、こうした理論的根拠を選手に説明。実際に心拍数を計測しながら呼吸法を試してもらい、効果を実感してもらった上で試合で使えるように習得してもらった。ポイントは、心臓がバクバクするにはどうしようもないことではなく、自分でコントロールできる範ちゅうにあることをしっかり学ばせることにあったという。

【事例3】まだレギュラーでもないのに全国大会に出たいという高校1年生卓球選手(男子)

[主訴]
インターハイに出場したい。将来もずっと卓球をやっていきたい。ただし、まだ高校1年生でチームのレギュラーにもなっていない。

[分析]
高井氏にとっても珍しい事例だという。フィジカル面、テクニック面でやるべきことがまだまだたくさんある段階であり、通常であれば心理サポートの対象とはしないが、ひたむきに練習に取り組む姿勢と卓球に対して熱い思いを持っていること、そして学校ではメンタル面のスキルを学ぶ機会がほとんどないことから、高校在学中のインターハイ出場を目標にしてサポートをしていくことにした。

[指導]
具体的にはメンタルトレーニングに必須のスキルであり、モチベーションを高めるためのスキルでもある「目標設定」を指導した。3年生のインターハイに出場するためには、どういう成績を上げていかなければならないか。年単位、月単位、週単位で具体的な目標を設定。それを実現するためには体力面、技術面でどんなことをいつまでにクリアしなければならないか。それを日々の練習メニューにまで落とし込んで、今日は何をすべきかまで計画立案。さらに、目標に近づけているかを毎日評価して、目標やプロセスを再確認することを習慣にするよう指導した。また、評価の際には、これができなかったというネガティブ面だけでなく、ここがよかったというポジティブな所も振り返ってもらい、成長している感覚を大事にしてもらった。すると主体性が出てきて練習にも質を求めるようになり、「こういう練習をしたい」「こういうプレーをしたいけれど私に合うでしょうか」と指導者とコミュニケーションができるようになっていったという。結果、その選手は3年生でインターハイに出場、大学もスポーツ推薦で進み、卒業後も海外でプレーを続けているという。ポイントは、今日の頑張りが未来につながっていると思えるかどうか。それは生きている意味にもつながると高井氏は強調する。

メンタルトレーニングの可能性は大きい。

指導者が変わればチーム全体が一気に変わる。

高井氏は、監督やコーチなどの指導者に対する心理サポート、チーム全体をサポートするトータルマネジメント契約も行っている。社会人野球の企業チーム、JFE東日本硬式野球部もそのひとつ。チーム改革を進める若い監督やコーチと定期的に面談を行い、メンタル的な側面からチームを強くするための幅広い助言を行っている。

「JFE東日本は、ここしばらく出場が叶わなかった都市対抗野球で今年(2019年)、見事優勝しました。その活躍に少しでも貢献できたことがうれしいですね。チームサポートの場合、指導者がメンタルトレーニングの意義を理解してくれればチーム全体が一気に変わるんです。そこにアスリート個人のサポートとは違った面白さがあります」

どのような助言を行うのか。例えばよくある例で「高校や大学のクラブで選手が指導者の言うことを聞かず、チームにまとまりがない場合、その指導者への助言は?」と聞くと高井氏は2つのアプローチを答えてくれた。

「無理やり押さえつけても選手はさらに反発したり萎縮したりします。ある程度自由にさせてあげることが重要だと思います。ただし、チームとして最低限のルールは提示して、これだけ守れば後は自由にしてかまわないことにする。ルールは目上の人に対するあいさつだったり、全員で準備運動をすることだったりでかまいません。そして大事なのは、何かあったときは指導者である自分に責任があると伝えること。こっちが責任を持つといえば、自由にしたいという選手にはかえって責任感が生まれます」

「もうひとつは役割分担です。全員が何らかの役割を全うするようにチームで話し合ってもらいます。キャラクターやパーソナリティも踏まえながら、それぞれの個性の出し方、活かし方をみんなで考えることで共通の理解が生まれます。それこそ声掛けをする係をつくってもいいんです。それをきちんと明文化し、評価もしていきます。自分の役割がはっきりしてそれが評価されれば帰属意識というものが高まり、チームも一丸になれるのではないでしょうか」

もちろんチームの状況や人間関係、それまでの経緯によってアプローチは千差万別だが、心理学的な知見に基づいた助言は指導者にとって拠り所となるのではないだろうか。

自分にとってプラスに働く刺激を見つけよう。

では、メンタルトレーニングなんて必要ないという指導者に対して高井氏はどう考えるのか。

「いいと思います。技術、体力がすべてなんだという考えでも、それを信念として強く持っているということがすごく重要だと思うので。ただ、ご本人はそれでいいのですが、選手も同じでいいかどうかはしっかり見て考えていただきたいですね。押しつけてしまっては危険です。メンタルトレーニングに関心があったり必要性を感じている選手がいれば、それは尊重してほしいと思いますし、選手個々の個性を見定めてほしいと思います。そこに解離があったらいったい誰のためのチームなんだとなりますから」

そして、メンタルトレーニングに多少なりとも関心があるアスリートには「ぜひ自分自身をモニタリングする時間をとってほしい」と言う。

「大きく深呼吸して、その前と後で体や心はどう違うかなとか、大きい声を出して、その前後でどう違うかとか、あるいは友だちと遊びに行って楽しい時間を過ごした後で、行く前とどう変わったかとか。それらはつまり自分にいろいろな刺激を与えて変化を観察するということ。態度や行動を変えるだけで心は大きく様変わりするんです。自分にとってプラスに働く刺激を見つけ、それによってリフレッシュできたり緊張を和らげたりできれば、それを使い続けてほしいと思います」

一流のアスリートたちもそうやって自分なりのスキルを身につけている。それを集めて誰もが使えるように体系化したものが心理的スキルといわれるものなのだ。

「やってみたいと思ったら、ビビらず、ぜひとも一歩踏み出す勇気を持ってもらいたいですね。変わろうと思ったタイミングを逃さずに動き出してください。人はいつでも変われますから」

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