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2017/09/11

気持ちはトレーニングでコントロール可能になる ~『理想的な心理状態(ゾーン)』をつくりだす~

気持ちはトレーニングでコントロール可能になる ~『理想的な心理状態(ゾーン)』をつくりだす~

いくら技術や体力があっても、メンタル(心理・心)が弱ければ、試合では実力を出し切れずに負けてしまう。では、オリンピックのメダリストたちはどのような心理状態で試合に臨んでいるのだろう。彼らが口にする「ゾーン」とはどういう状態なのか。メンタルトレーニングの第一人者、高妻氏は「メンタルトレーニングを取り入れることによって、いつでもどこでも自ら意識的にゾーンに持っていけるテクニックを身につけられる」という。それが興奮のレベルをコントロールするための心理的スキルである、『リラクセーション』や『サイキングアップ』などだ。

高妻容一

高妻容一(こうづま・よういち)

東海大学体育学部 教授 スポーツメンタルトレーニング上級指導士

国際応用スポーツ心理学会、日本スポーツ心理学会など多数の学会に所属し、Sport Psychology Council(世界各国のスポーツ心理学の代表者の組織)委員、メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会代表・事務局で活躍する傍ら、現場での指導者としても多くのチームや団体のメンタル面強化のアドバイザー等を務めている。

最高のパフォーマンスが発揮される「ゾーン」。

「ゾーン」とは?

「ゾーン」(あるいはフロー)という言葉を聞いたことがあるだろう。ゾーンに入ったときの感覚をトップアスリートたちは以下のような言葉で語っている。
・全く疲労感を感じなかった
・宇宙との一体感を感じた
・遊離観を覚えた
・無意識、自動的にプレーができた
・誰かが手伝ってくれた感じがした
・知覚が高揚したようだった
・時間がゆっくり感じた、相手の動きが止まって見えた
似たような経験をした人も多いのではないだろうか。ゾーンとは選手が本来持っている能力を最も発揮できる理想的な心理状態のことで、俗に"火事場の馬鹿力"とも言われる。人の行動は心に支配されている。緊張し過ぎても体は動かないし、リラックスし過ぎても力が出せない。適度な緊張とリラックスの状態のときに100%(ときには100%以上)の実力が出せるのだ。
オリンピックで金メダルを取るようなトップ選手たちを対象にした調査では、驚くべきことに79%もの人が、自ら意識的にゾーンに入ることができると答えている。まさにトップアスリートたる所以だろう。ゾーンの状態をつくる要因も研究によって解明されている。

「こうした研究を基に、誰もが意図して理想的な心理状態になれるように、実技・スキル・テクニックとして開発されたのがメンタルトレーニングなのです。いつでもどこでもゾーンに入ることができれば、いつでもどこでも最高のプレーができますよね」

実技だから普段からトレーニングできるし、日々繰り返すことで、習慣化・自動化ができる。気合いや根性論ではメンタルは決して強くならない。気持ちや感情をコントロールできる者が強くなれるのだ。

心理的スキルで意図的に「ゾーン」に入る

高妻氏は、8つの基本的な心理的スキルを組み合わせ、効果的にメンタルトレーニングを行うためのプログラムを提唱している。今回取り上げる『リラクセーションとサイキングアップ』は、いわば興奮のレベルをコントロールするための心理的スキル。つまり、適度な緊張とリラックスの状態をつくりだし、ゾーンへと導く重要なスキルとなる。

「トップクラスの選手ほど自分の気持ちをうまく調整(セルフコントロール)できることがわかっています。例えば、試合前にプレッシャーを感じたときに、そのプレッシャーを良い緊張感へと切り替えられるのです。そのときに使う心理的スキルが、リラクセーションとサイキングアップです。リラクセーションによってプレッシャーのかかる場面で平常心を保つことができ、サイキングアップによって実力を発揮する気持ちのノリをつくれます」

重要なのは、リラクセーションとサイキングアップはセットで行わなければ本来の意味を成さないということ。リラクセーションで心を落ち着けて集中し、無心の状態を一度つくってから、サイキングアップでやる気を高め、気持ちをのせる。リラクセーションは心のストレッチ、サイキングアップは心のウォーミングアップと捉えると切り離せないことがわかるだろう。
ただし、試合でこの心理的スキルを使うには、何度も繰り返しトレーニングし、完全に自分のものにしなくてはならない。「知っている」と「できる」は違うからだ。普段の練習にリラクセーションとサイキングアップなどを取り入れれば、練習の質を格段に高めることもできるし、心理的スキルも身につく。

「野球を始めて3年でプロ選手になることができないように、リラクセーションとサイキングアップの本質をつかみ、いつでもどこでもできるようになるには、最低3年はかかります。でも、導入することで効果は比較的すぐ出ます。最近では、或る県の或る競技の女子高校チームが2年連続インターハイ優勝及び春の選抜大会も優勝しました。また2年間メンタルトレーニングを実施したチームが国際大会でも優勝しました。」

リラクセーションとサイキングアップには20分ほど要する。それを嫌って導入を見送るチームもあるが、2時間ほどの練習時間の内30分をメンタルトレーニングに割いた或る高校の野球部は、5年間で3回甲子園に出場するまでになった。心・技・体の三位一体でトレーニングを実践した成果であることはいうまでもなく、練習の質が間違いなく高まるのだ。

まずリラクセーションで心をニュートラルに。

精神論ではなくテクニックで緊張を緩和。

落ち着け、平常心でいけ、集中しろ、余計なことを考えるな。
よく聞く言葉だが、そんなことを言われても、何をどうしていいのかわからない。そこにリラクセーションを行う意味がある。リラクセーションは何をどうすれば、緊張を緩和してリラックスできるかというスキル。いきなり気持ちをコントロールすることは難しいから、呼吸や身体動作により、身体を通して気持ちをコントロールしていくところがポイントだ。
毎日の練習の前に実施することで、気持ちを"スポーツモード"に切り替えることができる。
リラクセーションを毎日実施することは、リラックスするためのテクニックを毎日トレーニングすることでもある。

「自分が何をどうすればリラックス状態をつくれるのか。毎日行うことで感覚をつかみ、洗練することで、試合前や試合中もできるようになり、本番で実力が発揮できるようになるのです」

リラクセーションは難易度の高いテクニック。

リラクセーションのプログラムの手順はとても多く、この誌面では全てを紹介することは難しい。ここでは概略をあげるに留めるが、正しいリラクセーションを行うには、スポーツメンタルトレーニング指導士の資格を持った方の指導が必要となる。興味を持った方は、高妻氏の主宰する『東海大学メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会』の研究会や講習会などにまずは参加してみるといいだろう。

■リラクセーションの手順
1)音楽(音楽療法や心理学の裏付けのあるリラクセーションミュージックがおすすめ)
2)ペアになりお互い3つずつほめ合う(プラス思考にするコミュニケーション)
3)ヘッズアップ(姿勢・態度のトレーニングでプラス思考に)
4)スマイル(笑顔をつくることで意識してプラス思考に)
5)セルフマッサージ(顔・頭・首・肩・腕・手・お腹・背中・足を自分でマッサージして刺激を与えて気持ちを切り替える)
6)あくび(大きな声を出してストレッチをするようにあくびをして気持ちを切り替える)
7)呼吸と体の動きを合わせる呼吸法(身体の各部を動かす動作と吸う・吐くの呼吸をシンクロさせる呼吸法)
8)緊張とリラックスを感じるストレッチ(自分の身体と会話・チェックをする)
9)立ったままで行う漸進的筋弛緩法(身体の部位を順番に緊張させリラックスさせていく方法。立ったままで行うのは上級編であり、セルフコントロール能力を高められる。次の横になって行う初級編と組み合わせて行う)
10)横になって行う漸進的筋弛緩法
11)簡単なイメージトレーニング(頭の中をニュートラル・無心にするためのプログラム。使い捨てカイロ持った感触やそよ風の吹き抜ける大草原などをイメージする)
12)消去動作(ニュートラル・無心の状態から目を覚ますプログラム)
13)イメージトレーニング(まず自分のベストプレーを思い浮かべ、スローモーションで1回、50%のスピードで1回、フルスピードで1回身体を使って再現する)

そしてサイキングアップで気分を高める。

好き、楽しい、おもしろいと感じることが大事。

野球は好き? サッカーは好き? バスケットボールは好き? 選手は迷うことなく「ハイ」と手をあげる。しかし、練習は好き?と聞くと、そーっと手をあげたり、目を伏せたりしてしまう。高妻氏はそんなチームをたくさん目にしてきたという。

「練習がおもしろくないのは、やらされている気分を感じたり、やらなくてはいけない気持ちが前面に出ているからです。これではいい練習ができるはずがありません。人は好きなことをやっているとき、楽しいとき、おもしろいと感じたときに素晴らしい集中力を発揮します。サイキングアップで素晴らしい気持ちののりをつくれば、毎日の練習が楽しいと選手たちは感じるようになるでしょう」

誰にでも、やる気が起こらないとき、気分がのらないときはあるものだ。しかし、練習や試合は否応なくやってくる。何もしなければ良い結果は残せない。気持ちをコントロールして、やる気を高めたり、気分をのせていくことができれば、練習の質が高まって上達が早くなり、チームの一体感が高まる。試合ではベストなプレーができるようになる。技術や体力のトレーニングをする前には必ずアップ(ストレッチ、ウォーミングアップ)をするだろう。心のアップをしない方が不自然なのだ。
身体を使って気持ちをリラックスさせることができるように、身体を使ってやる気を高め、気持ちをのせることもできる。それがサイキングアップという心理的スキルなのだ。
ただし、前述したようにサイキングアップはリラクセーションとセット。サイキングアップだけを見よう見まねで取り入れても、その意味がわからないままやったのでは効果は出ない。

ふざける時間を意図してつくる。

円陣を組んで手を重ね「オー!」と叫ぶ。これもサイキングアップの一種だが、ここでは基本となる標準的なサイキングアップの手順を紹介する。

1)軽快な音楽を使って気持ちをのせ、音楽に合わせて体を動かす。
2)音楽に合わせて手を叩き、呼吸をリズムに合わせ、呼吸を早く強くする。
3)エアロビクスダンスのように音楽に合わせてジャンプし、前後、左右、腰を振る動作をして、呼吸や心拍数を高める。
(ここからはペアを組んで)
4)シャドーボクシングを楽しく10秒。
5)フットワークよく肩タッチゲームを10秒。
6)手首をくっつけてリラックスした状態から相手の肩をタッチするゲームを10秒。
7)プッシュゲーム(気をつけの姿勢から両手を合わせプッシュする立ち相撲)を10秒。
8)あっち向いてホイを10秒。
9)握手をしてジャンケンし、勝った方は相手の手を叩く、負けた方は叩かれないように手でカバーするゲームを10秒。
10)最後は、チーム全員で手を叩き、「ほい、ほい、ほい、ほい・・・・・」と声を出し、最後はハイタッチで気持ちをのせていく。

やってみるとわかるが、ゲームの要素が強いので、単純に楽しく、おもしろい。軽快な音楽をBGMにすると自然に身体も動き出す。だから、サイキングアップを見て「こんなのふざけている」と批判する人もいるそうだ。

「その通り、ふざけているんです(笑)。日本ではふざけてはいけない、笑ってはいけないと言う人がいますが、笑ってプレーしようというのは今や世界の常識。我々は気持ちを盛りあげるために、意図してふざける時間をつくっているのです」

このようなプログラムを行いながら、自分はどんなことをすれば気持ちが切り替えられるのかを知ることが重要だ。日々のトレーニングでリラクセーションとサイキングアップの心理的スキルをにつけれは、試合に活用して最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。

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