東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2022/03/29

現役オリンピアンが持つ 競技モチベーションとは。~卜部蘭選手のメンタルの力~

現役オリンピアンが持つ 競技モチベーションとは。~卜部蘭選手のメンタルの力~

トップアスリートは、日々厳しいトレーニングを己に課し、コンディションも管理。そして人生を左右するような大一番にプレッシャーと闘いながら臨み、結果を出す。果たしてそんなトップアスリートは、どのようなメンタルで競技へのモチベーションを保っているのだろうか。そこで今回は、東京五輪で、「オリンピアンになる」という小さい頃からの夢を叶えた卜部蘭選手にインタビュー。不安や緊張を取り除くために行っていることや集中力を高め前向きの力を生む思考法を聞いた。

卜部 蘭

卜部 蘭(うらべ らん)

積水化学女子陸上競技部所属 陸上競技選手(中距離)

1995年生まれ。東京都出身。陸上選手だった両親の影響もあって小学生の頃から中距離走が好きになる。東京都新宿区立西戸山中学校で全国中学駅伝の区間賞獲得。白梅学園高校の3年時には日本ジュニア陸上競技選手権大会800mで優勝。東京学芸大学の3年時に全日本学生陸上競技対抗選手権大会(インカレ)の800mで優勝し、4年時には同1500mでも優勝。2019年の日本陸上競技選手権大会(日本選手権)では800mと1500mの2冠を達成。21年に開催された東京五輪の陸上競技女子1500mに日本代表として初出場を果たす。

走ることで自己実現がしたい。
その純粋な気持ちがメンタルの基盤。

小学1年生のときに目標を掲げ
6年生まで続けてマラソン大会に優勝。

卜部蘭選手は、幼い頃からの夢を叶えて、東京五輪陸上トラック競技の舞台である国立競技場のスタートラインに立ち、オリンピアンのひとりになった。日本人初となる女子1500mへの出場だ。
 卜部選手が五輪出場を目指すようになったのは小学生の頃。アスリートとして成長する中で逆境をも味方にする強いメンタルが育ち、努力が結果に結びつくようになると夢は手に届く目標となった。
 強いメンタルの核にあるのは、走ることが好きだという純粋な気持ち、自分には陸上があるという自信と充実感、そして練習を続けた先に結果があるという確信だ。それら全ての原体験となっているのが小学校のマラソン大会だという。
「小学1年生のときのマラソン大会で私は1位になったのですが、そのとき6年生で優勝した男の子がみんなの前で6年間続けて優勝できてうれしいとコメントしたんです。それがすごくかっこよかったので、私も6年間ずっと優勝して同じようにコメントしたいと思いました」
 小学1年生にして自ら目標設定をすると、目標を達成するためのトレーニングも意識するようになった。週1回通っていた運動クラブまで、約3キロを毎回ランニングで行っていたのに加え、自宅近くで坂道ダッシュなどに励んだ。おかげで5年生までは順調に優勝することができ、走ることで自信が持てるようになった。しかし、目標達成がかかった6年生のマラソン大会で人生最大のプレッシャーがかかる。その緊張感は、オリンピック代表がかかったレースと並ぶほど大きかったと振り返る。
「朝から吐きそうになるくらいで気分が悪く学校に行くのもやっとだったんです。6年間頑張ったのに優勝できなかったらどうしよう、みんなが応援してくれているのに期待に応えられなかったらどうしようと自分を追い込んでしまったんですね」
 当時はメンタルをコントロールできるわけもなかったが、ちゃんと練習してきたんだから大丈夫と自分に言い聞かせ、なんとか1番になることができた。長期的な目標に向かってコツコツ頑張ることの意義を経験を通じて学んだ。
「以来、どんなに緊張するような場面でも、小学生の私でも乗り越えられたのだから、きっと大丈夫と思えるようになりましたね(笑)」

中距離が一番カッコイイ!
走ることで自分を表現できる。

実は卜部選手の両親は元陸上選手。父親は箱根駅伝に2度出場した実績を持ち、母親は日本選手権1500mで2回準優勝している。卜部選手が通った小学校も、マラソン大会が恒例行事になっている学校を母親が調べて入学させた。だが、けっして陸上の英才教育を受けていたわけではないという。
「陸上を勧められたこともないですし、やらされていると感じたこともありません。母がマラソン大会のある学校を選んだというのは、大きくなってから聞かされました。自分自身で得意なものを見つけてほしいという思いがあったからだそうです。やってほしいという希望はあったと思いますが、マラソン大会を通じて走ることが好きになったのは私自身の意思だし、目標に向かって練習するようになったのも自分で考えてやったこと。これまでに陸上をやめたいと思ったことは一度もありませんし、よく言われるような燃え尽き症候群のようになったこともありません。自分が好きなことに邁進してきたからこそ迷いがなかったのだと思います」
 中距離をやるようになったのも自らの選択だ。父親が高校陸上部の顧問を務めていたため、幼い頃から応援に行っていた。グラウンドで様々な種目が繰り広げられる中、なにより惹きつけられたのがトラック競技、それも中距離だった。
「見ていて中距離の選手が一番カッコイイと思いました。中距離のレースは5分くらいで勝負がつくので子どもでも集中力を切らさずに見ることができたし、短距離と変わらないようなスピード感もあって最後まで誰が勝つかわからない。駆け引きや逆転劇があってすごく面白かったんです」
 卜部選手が陸上競技としっかり向き合うようになったのは小学5年のときに陸上クラブに入ってから。当然のように中距離を選び、中距離でオリンピック出場という夢に向かって競技生活をおくってきた。人気のある長距離や短距離に転向しようと考えたこともない。自分を表現できる最良の手段だからだ。社会の雰囲気や流行、他人の意見に左右されない芯を持ち続けている。

ポジティブシンキングのコツを
中学生にして身につける。

考え方次第で困難な状況もプラスに変えられる。

 卜部選手自身が「陸上人生のターニングポイントだった」というのが中学時代だ。卜部選手は中学3年時に全国中学駅伝で区間賞を獲得しているものの、中距離選手としてまだ頭角を表す前である。当時の出会いや出来事から学んだことがメンタルの基盤となり、以降の成長を促してくれているという。
 卜部選手は、中学のときに走れなくなったことがある。今までは普通に走れていたペースなのに、いきなり走れなくなった。練習でも他の選手に抜かれ、離されていく。
「そのとき私はこれは心の問題だと思いました。私の心が弱いから走れないんだと。このまま走れなくなってしまうんじゃないかと不安で誰にも相談できずにいました」
 様子がおかしいことに気付いた顧問の先生の進言で医師に診てもらうと、スポーツ貧血だとわかった。原因はわかったものの体調の回復には時間がかかり、走れない状態が続いて思い悩んだ。
「そのとき先生が、今は酸素の少ないところで高地練習をやっていると思えばいいんだよと声をかけてくれたんです」
 そして、走れないのであれば他の種目を体験するいい機会になる。ハードルをやってみたら新しい発見があるかもしれないと提案してくれた。
「えっ、考え方次第でこんな状況をプラスに変えることができるんだって驚きました。ものごとには2つの側面があって、見る方向によってまったく違う捉え方ができるんだって気付かされました。それは競技に限らず全てのことに通じるもので、それからはこれ嫌だなと思っても一歩引いて違う視点で見て、もしかしたらこれを機会に成長できるかもしれないと考えるようになりました」

言葉は絡まった気持ちを整理してくれる。

担任の先生から教わったこともメンタルの形成に役立っている。卜部選手を熱心に応援してくれたその先生は国語の担当で、イチロー選手の大ファンだった。イチロー選手の名言や、偉人が遺した言葉を使って熱いメッセージを投げかけてくれたという。
「先生からもらった言葉をノートにまとめて、その中からその日に心に響いたものを練習日誌に書きうつしていました」
 ちなみに一番のお気に入りの言葉は、『これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず』という孔子の言葉。知っている人は好きな人に及ばないし、さらには好きな人は楽しんでいる人にはかなわないという意味で、何かを上達したければ楽しむことが一番だと説いた論語の一節だ。
「好きなことを楽しんでやり続けることで、より強くなって成長していけるんだって教えてもらいました。私にとって好きなことは陸上中距離。それを楽しんでやっていこうって決めることができたし、自分の中で好奇心がすごく大きくなりました」
 名言や格言とされる言葉には、絡まってしまった考えを整理してポジティブにしてくれる力がある。卜部選手は言葉の効用に気付き、ノートという形にして手に入れた。

自分で自分にプレッシャーをかけて
本来の力が出せないなんてもったいない。

プレッシャーや緊張感の正体は不安。
不安は細分化して可視化すればいい。

 試合が近づくにつれて緊張感が高まり、平常心で試合に臨めない。そんなアスリートにつきもののプレッシャーにどう対峙するか。卜部選手は中学時代に自分流のやり方を見つけた。
「プレッシャーって誰がかけているんだって考えたら、自分なんですね。自分で自分にプレッシャーをかけて本来の力が出せないなんて、こんなにもったいないことはありません。じゃあ、プレッシャーの正体は何かというと、私は不安だと思うんです」
 練習日誌を付けながら、なぜ自分は不安を抱えているんだろうと自問自答し、不安な気持ちにさせている原因を細分化していったという。
「頭の中で考えるだけでなく、書き出すことが大事で、可視化することに意味があります。不安というのは不特定なものがいろいろ重なっています。だから例えば、このレースでうまく走れなかったらどうしようと思っていたら、どうしてそういう思いが芽生えているんだろうとさらに掘り下げていきます。そうすると自分はこういうふうに考えて不安に思っていたんだって、不安の原因がはっきりしてくるんです。それを全部書くことで可視化できたら、今までこういう練習をしてきたんだから大丈夫だとか、明日からの練習はこう変えてみようというふうに、ひとつひとつの不安の原因に対する答えや解決策も見つかります。自分の内面を客観視できれば、漠然と感じていた不安はなくなります」
 不安を細分化、可視化、客観視すれば、よくない緊張感がほどよい緊張感に変わり、集中力を高められる。中学生という早い時期に、不安を克服する自分なりの方法を確立できたことが、メンタルを含めた競技力の向上につながったというわけだ。
「このやり方が私に合っていたのは、自分の中で納得できるからだと思います。何が不安なのかがわかれば納得できるし、自分に余計なプレッシャーをかけることもなくなります。そのレース、そのレースに集中できるようになり、本来の力が出せなかったということが確実に減っていきました」
 卜部選手は、練習日誌の1カ月用紙を使ってこうしたメンタル面の自己分析を行っている。直近のことだけでなく、中長期的な視点で書くことで自分の足跡を振り返ることができるからだ。何が改善できたか、どう成長できたかも知ることができ、未来へとつながる。

今できることは何か。
結論はいつもシンプル。

これまでの陸上経験で一番の不安はなんだったのだろう。それは五輪日本代表になれるかどうかがかかった大事な試合である日本選手権の直前に感じた、夢を叶えられなかったらどうしようという不安だった。
「夢だった五輪出場がそのレースにかかっていました。しかも、自己ベストのタイムを出さなければ代表にはなれないことがわかっていました。小学5年で陸上を始めたときからなので15年以上ずっと追いかけ続けてきた夢です。そのレースでその夢が叶うか叶わないかが決まってしまう。もう後はありません。そう思ったときに今までにないくらいの緊張を感じました。前日の夜も、いつもはすぐ寝られるのになかなか寝付けなくて、知らず知らずにプレッシャーを感じていたんだと思いました」
 気持ちを整理してプレッシャーの元を辿ると不安を大きくしていたものがあった。
「陸上中距離の発展に貢献したいという思いがあります。その魅力をたくさんの人に知ってもらって1500mなどの種目を楽しむ人を増やしたい。陸上を通じて子どもたちに目標に向かって頑張ることの素晴らしさを伝えたいという思いもあり、私という存在がそのきっかけになれたらと思っています。そのために講演や陸上教室、中距離イベントの開催といった活動も行っているのですが、オリンピック出場経験があれば注目度や説得力も増すと思うし、参加者の受け止め方も違うと思います。経験したからこそ話せることも変わるし、私自身の人生にも大きく関わると思います。代表になれるかどうかだけでなく、そういうことまで考えて不安が大きくなっていたんです」
 中学時代の練習日誌を見返したり、言葉を集めたノートを読み返したりしながら現在の自分のメンタルを冷静に分析した。
「頭の中でいろいろな考えが巡りましたが、今自分のできることは何かと考えたら、そのレースで自分のベストパフォーマンスをするだけなんですよね。余計なことを考えて自滅して後悔のないようにしよう。とてもシンプルな結論に至ることができました」
 結果は、優勝こそできなかったが自己ベストをしっかり更新。小学校6年時のマラソン大会から始まり、いくつもの場面で培ってきたメンタルの力が大事な試合に生きた。

ライバル出現や予期せぬコロナ禍。
どんな逆境も成長のチャンスにできる。

記録更新から勝つことへと
モチベーションが大きく転換。

五輪代表をほぼ手中にした2021年の日本選手権は、プレッシャーに打ち勝って夢を叶えたという意味で岐路となった試合だが、その前年の2020ゴールデングランプリ陸上も卜部選手にとって大きな意味を持つ試合だった。最強のライバルが目の前に出現したからだ。
 卜部選手は、高校3年時に日本ジュニア800mで初タイトルを獲得。大学では疲労骨折という故障を克服し、3年時に日本インカレ800mで優勝、4年時には同1500mでも優勝した。社会人2年目となる2019年の日本選手権では前年の雪辱を果たして800mと1500mの二冠に輝いている。その流れで挑んだのが2020ゴールデングランプリ陸上だった。
 卜部選手は、過去の自分を超えることを自らのテーマとし、自己ベストの更新を陸上競技のモチベーションとしてきた。この試合でも自己ベストを出すことができた。しかし、これまでのような達成感はなかった。台頭してきた田中希実選手が目の前で日本記録を塗り替えて優勝したからだ。
「自己ベストを更新しても全くうれしくなかったのは初めてでした。記録も大事だけれど、やっぱり優勝しないとうれしくない。記録よりも勝ちたいという気持ちの方が大きくなり、私の中でモチベーションが変わったんだとわかりました」
 ゴール直前、ついていけずに離されてしまった。もちろん悔しい。ただし、卜部選手はそこで腐ったりしない。すぐに頭を切り替え、ライバルから学ぼうと考える。
「田中選手は私の新しい指標です。どうすれば勝てるのか。レースを振り返って分析すれば、自分が負けているところが洗い出せるし、それを克服するためのトレーニング方法を考えられます。そして、できることにしっかりと取り組んでいく。落ち込んでいる時間ももったいないですから」
 中距離は凝縮されたドラマでもあり、ライバルとの勝負ほど盛り上がる場面はない。見ている人も楽しめるドラマチックな逆転劇を展開することが卜部選手の目標になった。

できない理由を挙げるのではなく
どうすればいいかを考え工夫する。

 ところで東京五輪はコロナ禍のために開催が1年延期された。五輪出場を目指していた選手たちは大幅なスケジュール調整に追われ、様々な制約の中でトレーニングやコンディション管理をしなければならなかった。普通に考えればマイナス要因だが、卜部選手は困難な状況にあっても「この1年でより力をつけられるのでは」と前向きに捉えることができたという。
「大学生のときに印象に残った言葉に『ないないは工夫が足りない』という標語があります。できない理由を挙げることは誰にでもできる、じゃあどうすればいいか考えてできるように工夫するかどうかでその人の真価が問われると私は解釈しています。コロナ禍で競技場が使えなくなったときにふとその言葉を思い出して、トラックが使えないのなら外を走る距離を伸ばそうと練習メニューを変えました」
 工夫するのも楽しいし、それが結果につながるとうれしさが倍増するのだと卜部選手は明るい。実際に再開された試合でいきなり3000mの自己ベストを記録。自粛期間にも関わらず持久力が向上したことが証明された。
 練習が制約され、試合がなくなっても、一日一日できることをコツコツと積み上げていく。いつになるかわからなくてもその日は必ずやってくるから、目標を今日できることに落とし込んで取り組むだけ。自分のことに専念して周囲に惑わされない。
「朝、体がちょっと重いなってことはありますが、とりあえず一歩踏み出せば、走るってやっぱり気持ちいいな、よしやろうと私は思えるんです。自分はどうすればうれしいと思うのか、どうしたらモチベーションが高まるのか、日頃からいろいろ試してみて自分の取扱説明書をつくっておくのもお勧めです」

自分の可能性にフタをせず、
限界を決めないでチャレンジしたい。

東京五輪では決勝に進む自分を
思い描いてはいなかった。

そして迎えた東京五輪。舞台となった国立競技場は、新しい建物になっても卜部選手にとって思い入れのある場所だ。小学時代にマラソン大会連覇のために通っていた運動クラブが隣の体育館で行われていたからだ。慣れ親しんだ場所に帰ってきたような喜びや懐かしさが、五輪初出場の緊張感を上回り、ベストコンディションで1500m予選に臨むことができた。タイムは自己ベストを2秒62も縮める4分7秒90。目標にしていた7秒台のタイムを出すことができ、試合後には横田真人コーチから称賛された。
 積水化学女子陸上競技部に所属する卜部選手は、中距離選手のトレーニング指導を専門に行うTWOLAPS TRACK CLUBを練習拠点としており、そのクラブを主宰する横田コーチの指導を大学3年生のときから受けている。卜部選手のひたむきな努力を最も間近で見てきた横田コーチは、オリンピアンの先輩であり(ロンドン五輪800m)、絶対の信頼を置く存在だ。そのコーチの笑顔を見て自然と涙が出てきたと卜部選手は振り返る。
「自己ベストでも予選を突破することができませんでした。以前の私なら自己ベストを出せたことで納得していたかもしれませんが、悔しさの方がはるかに大きかったんです。考えてみると、私はオリンピックに出場して勝負するってところまでしかイメージできていませんでした。準決勝、決勝とラウンドを進めていく自分の姿を思い描けていなかった。それは自分で限界を決めてしまっていたということです。もっとこの舞台で走りたかったという思いが涙になったのだと思います」

パリ五輪で見たことのない風景を見てみたい。

 一方、田中希実選手は決勝まで進み、日本記録を更新するタイムで8位入賞を果たす。卜部選手はその姿をスタンドから見ていた。悔しさはあったが、そのときの心境はけっしてネガティブなものではなかったという。
「国内で競ってきた選手が世界を相手にレースをする姿を見て、私もいけるという思いが湧いてきました。田中選手の走りを通してパワーをもらえたと思っています」
 田中選手に勝てば世界の決勝レベルに立てる。世界で競うことを近くに感じてトレーニングができる。そういうライバルが国内にいることは幸運で、大きな糧になる。
「ライバルの存在はもちろん、実際に走って感じたことや支えてくれる人への感謝など、私に影響を与えてくれる、そうしたことの全てがモチベーションになり、次の目標に向かって取り組めているんだと思います」
 卜部選手の視線の先にはパリ五輪がある。
「名だたるトップアスリートたちがスタートの直前まで念入りにウォーミングアップをする姿を見て、本当にみんなここにかけているんだ、オリンピックは特別なんだと実感しました。オリンピックに対する思いがあらためて大きくなりました。だから、自分の可能性にフタをせず、限界を決めないでチャレンジしていきたい。ラウンドを進めていって、決勝の舞台から見たことのない風景を見てみたいという思いを一層強くしています」

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