東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2015/03/23

測定や映像を分析したデータからみえていなかった動きがみえてくる

測定や映像を分析したデータからみえていなかった動きがみえてくる

船渡和男氏は、日本のトップアスリートの強化を目的とする国立スポーツ科学センター(JISS)の立ち上げに貢献したスポーツ医・科学のオーソリティ。その知識と経験を生かし、成長過程にあるジュニアアスリートにも恩恵のあるスポーツ医・科学サポートを展開。“支えるスポーツ”の礎を築いている。

船渡 和男

船渡 和男(ふなと・かずお)

日本体育大学 教授 日本体育大学大学院 トレーニング科学系 教授

専門分野:スポーツバイオメカニクス、トレーニング科学 ・日本バイオメカニクス学会(理事) ・日本ウエイトリフティング協会 など多くのスポーツ医科学委員会員を併任

スポーツ全般のレベルアップには
底辺を広げ底上げすることも大切

やがてトップを狙える選手を発掘し、育成する

船渡和男氏は、国立スポーツ科学センター(JISS)の立ち上げから運営にまで関わり、日本スポーツの競技力向上に貢献してきた、スポーツ医・科学のオーソリティのひとりだ。オリンピック選手など国際レベルのアスリート強化には、なにが必要かを科学的な視点から追求し、効率的で効果的なトレーニングのあり方を研究してきた。大学に活動拠点を移してからは、"強化"のみならず、より広範な"育成"へと視野を広げ、より多くのアスリートのために〈スポーツ医・科学サポート〉を普及・浸透させている。

「JISSは国立の施設であり、日本を背負って立つ強化選手の指導を専門的に行うところです。見方を変えればそこには強い選手しかいないわけで、彼らはすでに完成された選手でもあるわけです。しかし、スポーツ全般、各競技全体のレベルアップを果たすには底上げすることも大切で、そのためにはトップの選手だけでなく成長過程にある選手のデータも分析し、そのような選手にも恩恵のあるスポーツ医・科学サポートを展開していかなければなりません。やがてトップを狙える選手を発掘し、育成する。それが将来の競技力の向上につながるのです」

ジュニアアスリートを対象に、東京都が行ってきた〈競技力向上 スポーツ医・科学サポート事業〉(現在はテクニカルサポート事業)は、そうした船渡氏の考えに合致した新しいカタチの取り組みだった。

「もちろん東京都の事業ですから東京都の強化選手が対象です。しかし、高校生を中心とするジュニアアスリートを早期からサポートする仕組みを確立することは、とても大きな意義があると思います」

体育大学が持つ資源を惜しみなく活用

日本で初めての事業である、専用施設を持たずにアスリートをサポートするということも大学との親和性が高かった。

「東京都の3つの体育大学・大学院は以前から連携し、シンポジウムを開催するなど密接な関わりを持っていました。さらに東京都と協力体制が組めれば、大学の枠を超えてもっと幅広い選手育成を支援していけるのではないか。そこに大きな可能性を感じました。体育大学・大学院には、体育に関する長年の研究成果が蓄積され、専用の施設・設備も整っている。なにより"スポーツが好き"という共通の価値観を持った先輩アスリートおよび指導者がたくさんいます。こうした豊富な資源を活かせば特別な施設がなくても、実のあるサポートができます。我々としてもサポートを通して貴重なデータが得られ、新しい研究に活かせます。これはおもしろいプロジェクトになると思いました」

ジュニアアスリートに対するスポーツ医・科学サポートのあり方、具体的なサポートメニューについては、すべての活動の基盤となるだけに慎重に検討されたという。

「各大学で担当競技が異なるため、競技に特化したサポートの内容はとても重要です。例えば、種目特性の高い専門的な測定を行うコンディションサポート。上肢でパドリングするカヌー競技などではランやサイクルタイプのエルゴメーターで持久力を測ってもあまり意味はなく、カヤックエルゴメーターやローイングエルゴメーターを使う必要があります」

なにをどう測定して、どう評価するのか。そこに体育大学・大学院のノウハウが活かされるというわけだ。

データと感覚を結びつけるため
ハイスピード撮影で動きを分析

編集・分析した映像をスマートフォンでチェック

ハイスピード撮影による映像データの活用も大きな特徴になっている。日本体育大学は、カヌー競技(スラローム・スプリント)や陸上(中長距離)、ウエイトリフティング、アーチェリーなどの競技を担当しているが、トレーニングおよび競技会において選手の動きを多角的に撮影し、編集・分析した上でチームに提供している。

「カヌーのスラロームの場合、専用の練習場で行うトレーニングでは水の流れに逆らってゲートを通過する様子を上から撮影するためにやぐらを組んでカメラをセットするなどして、選手や艇の動きを詳しく分析します。1トライアルごとに映像をチェックすることもできるので、映像を見ながらコーチがウィークポイントを指摘し、すぐ次のトライアルに反映していくという使い方も定着しています。競技会ではスタートからゴールまでを映像に収められるようにコースの何カ所かにカメラを設置しています。他の競技も同様で、その競技に合わせた撮影や分析の方法をコーチらと一緒に検討し、確立してきました」

撮影した画像をWeb上にアップし、タブレット端末やスマートフォンでも見られるシステムも、このサポートに合わせて開発した。

「わかりやすく編集した映像を、その日の夜もしくは翌日に見られるようにスタッフ一同心掛けています。まだ体にリアルな感覚が残っているうちに手軽に何回もみて活用してほしいからです」

トップ選手と比較することで改善点や目標を探る

ハイスピードの映像を使えば、肉眼では見えない世界が見えてくる。バドミントンのシャトルを打つ瞬間。ウエイトリフティングのスナッチやジャークの瞬間。中長距離走では、接地時間やスウィング時間およびストライドが距離に応じてどう変化しているのか。それらが映像と数値というデータでみえてくる。

「そこでわかってほしいのが、自分の持っている感覚とそのデータとの間にあるズレなのです。選手は、どういう動作をしたときに、どういう力の入れ方をしたのか、感覚として覚えていると思います。その結果は、順位や得点、タイムで示されますが、それがなぜよかったのか、なぜ悪かったのか。どうすればもっとよくなるのかを考え、動作を変えていくには、やはり選手の感覚に働きかけなければなりません。逆の見方をすれば、スライドを数センチ長くする、あるいは接地時間を数ミリ秒短くするには選手の感覚が大きくちがってきます」

速く走れというだけで人は速くならない。足裏の接地の仕方や時間、蹴り方、脚のスイングするスピード、フォームのバランス、これらのズレを具体的にイメージできてはじめて動きが変わる。データと感覚を結びつけることが重要というわけだ。

「人間の脳が指令を出している筋肉の動きは非常に複雑で、こうやれば誰もが速く走れるという答は残念ながらまだありません。誰もがボルト選手のようになれるわけではないのです。しかし、トップ選手と比較することで改善点や目標を探り、動きの安定性を高めたり、バラツキを少なくすることには、データは大いに役立ちます」

スポーツにデータは不可欠
貪欲に取り入れる競技団体も

選手・コーチ共にデータに対する意識が向上

当面の目標であった東京国体では、サポートした選手たちが予想を上回る成績を残してくれた。もちろん、選手やコーチたちの努力があってこそだが、〈競技力向上 スポーツ医・科学サポート事業〉も少なからず貢献できたのではないか。

「選手もコーチも、データに対する意識がとても高くなりました。競技によっては、各種測定や映像分析によるデータをトレーニングに不可欠のものと捉え、貪欲に取り入れようとしています。毎月測定を行ってその変化を見逃さないようにする競技もあれば、コンディションを整えるべき競技会直前に、レース戦略の構築に必要だからと測定を依頼されることもあります。それだけスポーツ医・科学が競技力向上に役立つものとして理解されてきたということであり、我々もやりがいを感じています」

データは現場で生かされてこそ価値が出る。そのため、コーチたち指導者の考えを汲みとるようにスタッフ一同務めてきた。

「年度の初めに、競技団体ごとに今年の目標はどこに置き、なにを狙うのか。そのための課題はなにかを話し合い、サポートの計画を立てています。医・科学の視点からどうアプローチするのか。こういう測定をしてはどうでしょう、データをかみ砕いて理解するために、こういうディスカッションの場を設けてはどうでしょうと提案を行っています」

選手、指導者、サポートスタッフが同じ目標に向かってコミュニケーションを密にすることが大切だと船渡氏は強調する。

"支えるスポーツ"の強化が2020東京オリンピックへ

〈スポーツ医・科学サポート事業〉の成果を踏まえ、2020東京オリンピックへ向けた〈テクニカルサポート事業〉がすでに動き出している。

「私は、東京オリンピックに向けて強化すべきなのは、指導者の質と数だと考えます。質には2つの面があって、1つはスポーツ医・科学の視点を持った科学者としてのコーチ能力、もう1つはコーチングのできる教育者としてのコーチ能力です。特にジュニア期は体も成績も日に日に伸びている時期で、このときにどういうトレーニングをしたかでその後の伸びしろも変わってきます。スポーツ医・科学サポートは、指導者に科学者の視点をもたらした点で意義が大きく、アスリートを"支えるスポーツ"を強化するシステムとしても機能しているのではないでしょうか」

スポーツは、みる・する・支えるの3つの要素が健全に育ってこそ、文化として定着するということ。オリンピックで強い国の今日的条件だ。

「それになによりも、発展途上の選手たちをサポートするのはワクワクする仕事です。選手たちは無限の可能性を秘めた存在であり、それだけに医・科学サポートも柔軟に対応していかなければなりません。責任も大きいが自由度が高く、アイデアや工夫の余地がある。まずは東京都が全国のモデルとなるようなサポートを確立できるように傾注していく所存です」

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