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2021/02/26

指導者に大切なのは「伝え方」。 伝え方は「見える化」で激変する。~選手も指導者も力が湧き出るコーチングとは~

指導者に大切なのは「伝え方」。 伝え方は「見える化」で激変する。~選手も指導者も力が湧き出るコーチングとは~

現役引退後は指導者を目指したいというアスリートは多い。ただし、立場は180度変わり、求められるスキルも異なる。トレーニングに励みながら指導者に必要な能力を身につけるのは難しいが、現代的なコーチングの考え方やフレームワークを知ることは、アスリート自身にもプラスであり、将来の備えにもなるだろう。そこで、ラグビーの社会人選手から指導者に転身した古田仁志氏に、何を目指し、どんなことに取り組んできたのかを伺い、その経験を体系化したという「eコーチング」についても聞いた。

古田 仁志

古田 仁志(ふるた・ひとし)

国士舘大学体育学部 教務主任  大学院スポーツ・システム研究科 教授 ラグビー部 監督 (公財)日本ラグビー協会 情報科学部門委員 関東大学ラグビー連盟 理事

1993年より三洋電機株式会社にて社会人ラグビー選手として活躍、2002年の筑波大学大学院入学を機に現役を引退、指導者としての道を歩む。 <指導歴>2001~04年 三洋電機ワイルドナイツコーチ、05~07年 日本代表テクニカルコーチ、05~06年 U19日本代表FWDコーチ、08~09年 U20日本代表FWDコーチ、10年~国士舘大学ラグビー部コーチ、11年 日本A代表FWDコーチ、12~13年 jr.ジャパンFWDコーチ、14年~国士舘大学ラグビー部監督

自らの強みを活かして選手から指導者に。

30歳を前にして指導者の道に。

 古田仁志氏が指導者の道を歩み出したのは30歳の手前になって。ラグビー社会人リーグで、当時"野武士軍団"と呼ばれた三洋電機ワイルドナイツのフォワードの一角として活躍。全国社会人大会決勝戦の常連だったが、「神戸製鋼の壁を破れず、雪辱を期して翌日からまた練習に励むという繰り返しでした」と現役時代を振り返る。指導者になるきっかけは、チームがラグビー強豪国ニュージーランドから外国人コーチを招いたこと。理論に基づいたシステマティックな指導は、自己流を貫いてきた古田氏には新鮮だった。

 三洋電機は、引退したOBが指導者になるのが慣習で、ならばコーチングをしっかり学ぼうと筑波大学大学院に入学。ほぼ同時にチームでもコーチ兼任プレーヤーとなったが、午前中に通常の業務を終えてからトレーニングとミーティングを行い、さらに遠方の大学院に通うのはかなりハードで、1年で現役にはピリオドを打った。

「ケガをしたわけでも、体力の限界を感じたわけでもありませんでしたが、チームが少し低迷していた時期で、私が入った頃のような強いチームに戻さなければ申し訳ないという気持ちの方が大きかったですね。現役に未練というよりもコーチの仕事と勉強にフル回転でエネルギーを使っていました」

立場が変わって痛感したのは「伝える力」の重要性。

 選手から指導者へ。立場が変わって痛感したのは「伝える力」の重要性だという。高校生から第一線でラグビーを続けてきた古田氏だが、高校のラグビー部には監督がおらず、練習内容も選手選抜も生徒自身で決めていた。大学は当時一部リーグだった国士舘。優秀な選手が集まっていたため、細かい指導がなくても結果が出せた。三洋電機も選手個々の能力に頼り勢いで闘っていた。今のように医科学的な情報も豊富にあるわけではなかったし、チームメイトはポジションを奪い合うライバルでもあった。そういう環境で頭角を現すため、古田氏は当たり負けしない体づくりから試合運びまで、何をすべきかを自身で考え、誰にやらされることなく実行してきた。

「自分なりに正しいと思うことを信念を持って実践し、それなりの結果が出せていたとしても、それを言語化できていなかったので、いざ指導となったらうまく伝えることができず、何度言ったらわかるんだって感情が先行してしまう。でも、それは指導者として自分の教え方が悪いからだって、最初から思えたことが大きいですね」

コーチは戦略にもプレーにも関与できる恵まれたポジション。

 しかし、古田氏には強みがあった。実は大学時代から試合のビデオを見続けてきたのだ。今でいう映像の活用だ。タブレットのようなデジタル機器も手軽に使える編集ソフトもまだない頃。自分の部屋にカセットデッキを十数台持ち込み、ビデオテープを巻き戻しては再生し、フォーメーションやサインプレーを個人的に研究。重要シーンはダビングし、メンバーたちに「こうしたらこうなるからパスを回してくれ」と言って配っていた。

 これが古田氏に、テクニカルコーチ、テクニカルアナリストとしての新たな道を拓いた。自分の仕事は、監督が実現しようとしていること、選手に言わんとしていることを理解してもらい、グラウンドで体現してもうことだと確信。試合という試合を全て撮影し、選手たちの動きを分析。監督の意図を伝えるのに最適なシーンを抽出し、ミーティングで映像を写しながら解説した。古田流の「伝え方」がカタチになったのだ。

「この作戦を可能にするためには、選手はこういう動きをしなければならないという条件があって、その可否を時間という数字でみることができるんです。それを映像を見せながら説明すると納得できるし、やるべきことも理解できる。それを繰り返すことでプレーの質がよくなります。逆に数字がこうなれば、こういう作戦も可能ですよと監督に進言することもできるので、コーチは戦略にもプレーにも両方に関与できる。作業はたいへんですが、こんなに面白い恵まれたポジションはないと気がつきました」

ラグビー日本代表のコーチとして「伝え方」を確立。

ラグビーW杯ベスト8に向けたプロジェクトを始動。

 三洋電機での仕事ぶりが日本ラグビー協会にまで伝わり、古田氏は日本代表のテクニカルコーチに呼ばれるのだが、当時、最高の選手を集めても残念ながら世界には通用しなかった。そこで協会は、未来に向けたプロジェクトを始動。11年後に開催される2019年のラグビーワールドカップでベスト8に進出することを目標に掲げ、そのときの主力となるU19、 U20の選手強化に動き出す。古田氏もコーチとして指導陣に加わった。

「南アフリカ代表を映像分析すると様々な特徴が浮かびあがってくるのですが、強みをシンプルに3つに絞ってましたね。人間は3つ以上なかなか覚えられません。情報の量を小さくすることで質が向上するのです。南アフリカの強みは、(1)大きい (2)ディフェンスしたい人たちだ (3)後半は走れない という3つに特化できます。だから、日本はワールドカップで一番走れるチームになろう。相手はディフェンスしたいんだから、キック力のある選手を入れて敵陣でプレーできるようにしよう。そこから、目標を具体的な課題に落とし込み、達成するための練習メニューを細かく設定していました」

目標をシンプルかつ明確にして達成度を判定をする。

 目標や課題をシンプルかつ明確にして日々の練習メニューを設定したら、大事なことは課題達成状況のフィードバックだという。その判定をするのもテクニカルコーチの役割だ。

 例えば、エディー・ジャパンでは、一番走れるチームになるための指標のひとつに「リロード」と呼ばれる動作がある。タックルなどで倒れてから、立ち上がって攻撃ができる体勢に入ることをいうが、これを3秒以内と決めて、達成できているかを映像でカウントする。リロード達成率が一番悪かった選手は翌日の練習でピンクのビブスを着るというゲーム的だが屈辱的なルールも決めて、リロード達成率の向上に取り組んでいた。

「日本代表の前ヘッドコーチ、エディー・ジョーンズさんがすごいのは、一度決めたらやりきることなんです。そのために毎日、練習は6部練、ミーティングを3回行って、各指標の達成率をもとに、さらなる猛練習を求めていました。リロード達成率は80%としていたのですが、それを超えられたのは2015年ワールドカップのまさに南ア戦でのこと。南アフリカに勝ちに行くという目標が現実となったときでした」

 ラグビー日本代表では最新技術を次々に導入。ゴルフカートにモニターを付けて、練習中、いつでもどこでも映像を確認できるようにしたり、ドローンによる空撮を導入したり、タブレットやスマートフォンで様々な動画を見られるようにした。古田氏は、スポーツ分析ソフトもいち早く導入。試合を録画しながら様々なデータをリアルタイムで入力、迅速に分析結果を提供し、任意の映像を即座に再生できるようにした。日本中が熱狂した2019年ラグビーワールドカップベスト8達成の裏には、映像分析の活用の歴史があったのだ。

コーチとして映像を活用した経験を体系化。

 そして古田氏は考えた。テクニカルコーチとしてやってきたことは、まさに「伝え方」の追求であり、どんなスポーツにも応用できるのではないか。

「コーチングにおいてとても重要なことは、選手のセルフイメージを安定させることです。どうなりたいかがイメージできれば、何をするかが決まってきます。もうひとつ重要なのは、理屈や根拠があって改善や前進があるという"納得解"を示してあげることです。納得解を導き出すのにもっとも有効なのが、映像や数字による"見える化"なのです」

 現場で苦労を共にしてきた指導者仲間と、これまでの経験を「eコーチング」として体系化。日本eコーチング協会を起ち上げて普及促進にも努めている。

「映像の力でビジョンを明確に描き、映像の力でモチベーションを高めるのがeコーチングです。しかし映像はツールです。eコーチングのeは能力を引き出すエンパワー。選手も指導者も楽しくなって力が湧き出るコーチングです」

内面から力が湧き出る「eコーチング」。

大事なのは素早いフィードバックと難度を上げること。

 古田氏は自らドローンを操縦して上空からの俯瞰映像も撮影する。選手たちは今まで死角になっていた角度から自分たちのプレーを見ることができるようになり、防御隊形を修正したり、空いたスペースを共有して効果的な攻撃ができるようになった。様々なデジタル機器の発達により、撮影も編集も飛躍的に便利で容易になっている。GPSやコンディションを管理するアプリも導入が可能だ。ただし、そういったテクニカル面は、eコーチングの一部分でしかない。

「eコーチングの核は、選手も指導者もお互いが気持ちよくトレーニングできることにあるのです。それはフロー理論に基づいています。フローとは、ひとつの活動に深く没入している状態。それ自体が純粋に楽しいので、自ら積極的に努力する状態を指します。フローの状態を続けることがeコーチングであり、そのために一番大事なことは素早いフィードバックであり、適度な難度のある課題を与えることなのです」

 大まかなフレームワークはこうだ。選手と指導者が一緒に映像を見ながら現状を分析し、問題を見つけると同時にどうなりたいかという将来の姿を明確に描く。そうなっていくためのステップとして、目標や課題を数値化した評価基準の階段をつくる。トレーニングを始めたら一定期間ごとに選手と指導者が一緒に映像を見てチェック。どれくらい努力が報われたかを確認し、プロセスが間違っていれば軌道修正する。

「ポイントは、問題を見つけるとき、達成度を確認するとき、選手と指導者が一緒に映像を見ることです。そして難度を上げていくこと。そうしないと人は夢中になれません」

eコーチングはどんな競技種目にも使える。

 eコーチングはチーム競技、個人競技問わずどのような競技にも通用する。もちろんトップレベルの選手だけのものでもない。古田氏が印象深い例としてあげるのは、ソフトボール選手の娘をコーチした父親だ。ポジションはピッチャー。日本代表のエースである上野由岐子選手の投球フォームと娘の映像を比較分析して課題を抽出しeコーチングを行った。結果、上野選手のような投球ができるようになり、球速もコントロールも格段に向上し、「娘の信頼を取り戻すことができた」と父親は喜んでいたという。自身の映像を確認することで、笑顔でフラダンスが踊れるようになったという例や、スキー初心者が4日間でパラレルターンができるようになったという例もあるし、7人制ラグビーの日本代表チーム、オリンピック選手を輩出しているトランポリンの大学チームなどもeコーチングを取り入れて実績を上げている。

「競技種目は関係ないんです。マレーシアの中学生にラグビーを指導したこともあります。スクラムの練習では、今日はひざの角度を110度にしようと目標を明示。写真を撮って角度を測り、もう少し、まだダメ、はいOK!とジャッジしていくと少年たちは大騒ぎで夢中になりました。言葉が通じなくてもeコーチングは使えるなと思いました」

 選手も指導者もお互い楽しくなれて力が湧き出るeコーチングが広まれば、大げさではなく世の中が変わる。古田氏はそう考えている。

指導者を目指すなら信念を持って挑戦してほしい。

 最後に、指導者になることを視野に入れているアスリートにエールをもらった。

「引退なんて気にすることではないし、選手からコーチになっても私の中で大きな変化はありません。シンプルに楽しく思えることをやってきただけです。私はお世辞も言えないし、コミュニケーションスキルも高くありません。だから、どんな人もコーチや監督になりたいと思えば目指すべきだと思います。ぜひチャレンジしてほしいですね。ただし、軸となる信念を持って本気で取り組んでください。チームを勝利に導きたい、日本一にしたい、連覇を達成したい。あるいはナショナルチームの指導者を目指すのも素晴らしい挑戦だと思います。指導者はスポーツを通じて人の成長に関われる素晴らしい仕事です。やりきったと思える日々を重ねていけば、きっと納得できるいい方向に向かいます」

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