東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2015/09/01

何をどのように食べるかによって、どのようなからだがつくられるかが決まってくる。~今日からできる!実践スポーツ栄養学~

何をどのように食べるかによって、どのようなからだがつくられるかが決まってくる。~今日からできる!実践スポーツ栄養学~

長坂聡子さんは、フェンシング男子フルーレ日本代表選手の栄養サポートを担当してロンドンオリンピックに帯同した実績を持つ『公認スポーツ栄養士』。陸上男子400mリレー代表選手の栄養指導にも携わるなど、トップアスリートをサポートする一方で、「からだをつくっているのは食べ物だから」とジュニアアスリートへの“食育”にも熱心に取り組んでいる。

長坂 聡子

長坂 聡子(ながさか・さとこ)

早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 博士後期課程 管理栄養士 公認スポーツ栄養士 健康運動指導士

アスリートの食事を支えるスポーツ栄養士。

病院で働いた経験が確かな基盤に。

千葉県の佐倉市にある長坂聡子氏の実家周辺は、日本代表の女子マラソン選手や箱根駅伝出場校の練習コースになっていて、多くのランナーが颯爽と走る姿を見ながら育った。

「あんなに長く走れるなんてすごい」

スポーツの現場で働きたいという夢がふくらみ、自分に何ができるかを考えたとき、アスリートの食事を支える栄養士という仕事に興味がわいてきた。

管理栄養士をめざし、運動生理学も学べる大学に進学。卒業研究では箱根駅伝をめざす大学チームの食事を調査しながら栄養摂取に関する助言も行った。

「トップアスリートは課題が一人ひとり異なり、標準的な栄養学の知識だけでは対応できないことがたくさんあることを知りました」

大学卒業後は病院に就職し、管理栄養士としてのキャリアを積んだ。

「病院では、病気の原因を探るために、患者さんに食生活の内容を正確に聞き出さなければなりません。今、アスリートに対する栄養サポートでもまったく同じことをしています」

病気や症状に合わせた献立づくりもアスリートの課題や練習メニューに合わせた食事につながっている。意識も変わった。医師や看護師らと対等の立場で仕事をするには、一目置かれる管理栄養士でなくてはならない。監督やコーチとの関係においても同様だ。その後、スポーツ栄養の第一人者、田口素子氏の指導のもとでスポーツ栄養学を学び、『公認スポーツ栄養士』の資格を取得。今では多くのトップアスリートから信頼される存在となっている。

観察することからサポートは始まる。

長坂氏がサポートに当たって大切にしているものがある。それはアスリートとの距離感だ。

「栄養士は選手の日頃の食事を聞くので、かなりプライベートなところまで突っ込まなければならなかったりもするんです。誰がつくってくれるのか、どんなものを食べてきたのか、食事にどれくらい費用をかけられるのか。離れすぎると教えてくれなくなるし、近すぎては選手に余計な負担をかけてしまう。つかず離れず、でも必要とされるときには側にいて必要な助言ができる。そんな距離感を心掛けています」

そして、アスリートをとにかく観察する。どういう身体的な特徴を必要とする競技なのか。どのようなトレーニングをしていて、消費するエネルギーや筋肉への負荷はどれくらいなのか。どんな食事をどのようにとっているのか。食べ物に好き嫌いはあるのか。生活のサイクルは。さらには、選手同士の上下関係やライバル関係、性格や考え方までもある程度把握して、個々のアスリートに適したアプローチを考える。

「例えば、こちらから一方的にこうした方が良いのでは?とアドバイスをしても、聞き入れてくれない選手も少なくありません。そういう時はその選手に直接アプローチし続けるのではなく、他の選手のサポートで食事の効果を示すようにします。それをきっかけに今までは全く聞き入れてくれなかった選手も、食事のからだへの影響などに興味を持ってくれる、ということもあります。どの選手にどのような働きかけをしていくか、作戦を考えるためにも観察は大事です」

ジュニアにこそ身につけてほしい食事の基本形。

オリンピックはスポーツ栄養士も育てる。

フェンシングの男子フルーレ日本代表選手の栄養サポートを担当した際は、そうした努力が成果につながり、ロンドンオリンピック団体銀メダル獲得に貢献できた。

フェンシングは瞬発力も持久力も必要とする競技。瞬間的な前後移動を繰り返すため、敏感な選手はほんの少し体重が増えただけで、身体を重く感じるという。実際、体重が増えやすく瞬発力が鈍るという選手がいた。選手へのヒアリングや食事の内容を分析したところ、たんぱく質が筋肉をつくるもとになるという知識から、筋肉をつけようとするあまり肉類を必要以上に食べていたことがわかった。トップアスリートだからこそ、そういう選手は珍しくない。また、フェンシングは勝ち進むと1日に6試合も闘うことになり、スタミナが勝敗の鍵となる。体重を増やさず、しかし1日をフルに闘えるスタミナをつける。難しい課題にも長坂氏はスポーツ栄養学を駆使して挑んだ。

「筋肉を増やしてからだを大きくしたい。3カ月でからだをつくり直したい」というオーダーもあった。しかし、筋肉が増えてもそれが瞬発力につながらなければ意味がない。フィジカルコーチと連携し、練習メニューの一つ一つを秒単位で管理しながら、それに合わせた食事を考え、苦しくても完食するまで食事に付き合った。

試合当日はトーナメントを勝ち上がるにつれて試合と試合の間隔が短くなる。いかに1試合ごとに疲労を回復させ、水分やエネルギーを補給するかに知恵を絞った。

「私自身、とてもいい経験になりました。選手たちから教わることも多く、おかげで成長できたと思います。選手たちもトレーニングと同じように食事のことを考えてくれるようになり、それがとてもうれしかったですね」

食事を意識することで調整する力がつく。

最近は、日本陸上競技連盟の食育プロジェクトや東京都のテクニカルサポート事業に関わり、未来のアスリートや高校生アスリートに食事の大切さを伝える機会も多い。

「アスリートの食事って、ジュニアのときからしっかり基本形を身につけることが大事なんです。まずは基本をしっかりおさえること。これは練習でも同じだと思います。基本があるからこそ、その後さらに競技特性やトレーニング内容、期分けなどに合わせた食事内容に応用させ、発展させることができるようになります」

では食事の基本形とは何か。それは〈主食〉〈主菜〉〈副菜〉〈乳製品〉〈果物〉の5つを毎食そろえること。栄養のバランスを考えることは難しくても、5つをそえることで最低限必要な食事の質を確保しやすく、バランスもよくなるという。

「からだをつくっているのは食べ物です。何をどう食べるかによって、どのようなからだがつくられるかが決まってきます。そのからだでトレーニングすることでパフォーマンスが向上するわけですから、食事は全ての土台なのです」

もう一つ、食事の基本形と同時に長坂氏が身につけてほしいのが、"ちゃんと食事を意識する"ということだ。

「例えばハンバーガーだって食べてもいいんです。でもそのときに、ハンバーガーを食べると主食、主菜、副菜がとれるから、乳製品と果物を足さなきゃって考えられるかどうか。そういう意識が根付けば、昨日は副菜が足りなかったから今日は多めに食べようというふうに自分で調整する力がつき、コンディションを大きく崩すこともなくなります」

●食事の基本形 5つを毎食そろえよう!
〈主食〉ごはん、パン、うどん、パスタ、もちなど。運動中の主なエネルギー源となる。
〈主菜〉ステーキ、豚肉の生姜焼き、刺し身、焼き魚、オムレツ、麻婆豆腐などメインのおかず。筋肉の主原料となる。
〈副菜〉野菜、いも、海藻、きのこ、豆類などを使ったおかず。ビタミンやミネラル、食物繊維が体調を整えてくれる。毎食2、3品が理想。
〈乳製品〉牛乳、チーズ、ヨーグルトなど。カルシウムが骨をつくる材料となり、ビタミンB2がコンディションを整えてくれる。
〈果物〉グレープフルーツ、キウイ、バナナなど。適度な水分と糖質、ビタミンCを含んだ果物はアスリートの強い味方。

今日からできる実践スポーツ栄養学

トレーニングにオフはあっても食事にオフはない。

そんな栄養サポートのプロである長坂氏に、誰でも今日から実践できるスポーツ栄養学の基礎知識を教えてもらった。

●まずは自分の身体を知ること。
アスリートはどれくらいの食事をとればいいのかとよく聞かれるが、それは競技や体格等によって異なる。そこでやってほしいのが朝起きて排尿したら体重を測る習慣をつけること(=早朝空腹時排尿後体重)。トイレの近くに体重計を設置し、カレンダーに記入すれば立派な体重変動のモニタリングになる。体重が変わらなければトレーニングと食事のバランスがとれているということだし、もっと身体を大きくしたければ食事を増やし、減量したければ減らせばいい。トップアスリートもやっている手法だ。ただしアスリートは体重の変化だけでなく、「何がどう変化したのか」が重要。定期的に体脂肪率の測定を行い中身(脂肪量、除脂肪量)の変化に注目してほしい。

●朝食は絶対に抜かないこと。
朝食には午前中の活動のためのエネルギーを摂取するという大切な役割がある。朝食を抜くと身体は飢餓の状態になり、昼食をとった際に血糖値が一気に上がってしまい、糖を取り込んで太りやすくなってしまう。朝・昼・夕の食事を規則正しくとることで、血糖値が正常範囲内で上下するようになるので、コンディションも維持しやすくなる。

●夕食は2回に分けてもいい。
トレーニング直後に基本形の食事をきちんととると運動の主なエネルギー源となる糖質が筋肉に貯蔵され、エネルギー源を補充することができる。早く疲労を回復させるための食事の目安は運動後2時間以内とされている。帰宅に時間がかかるなど2時間以内にとれないときは、おにぎりやサンドイッチ、あるいはオレンジジュースなどの補食を使って糖質(炭水化物:主食)を先にとり、帰宅後にお肉(たんぱく質:主菜)や野菜(ビタミンや食物繊維:副菜)をとるという、夕食を2回にわける方法もある。遅い時間の食事は太るから食べたくないという女子にもオススメの方法だ。また、脂っ気の多い食事は消化吸収に2~3時間かかるので、就寝時間から逆算して食事をとるように心掛けてほしい。

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