東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2019/02/08

アスリートが伸びる 強いチームづくりとは~五輪金メダリスト 鈴木桂治氏の考え~

アスリートが伸びる 強いチームづくりとは~五輪金メダリスト 鈴木桂治氏の考え~

選手同士が助け合ったり刺激し合ったりしながら切磋琢磨し、レベルが向上していくようなチームをいかにしてつくりあげるのか。そのカギを握るのは監督(指導者)である。母校柔道部の監督として、全日本柔道男子チームのコーチとして活躍する鈴木桂治氏にチームづくりに対する考えや留意点を伺った。

鈴木 桂治

鈴木 桂治(すずき・けいじ)

国士舘大学体育学部武道学科 准教授 国士舘大学柔道部 男子監督 公益財団法人 全日本柔道連盟 全日本強化スタッフ

1980年生まれ。茨城県結城郡石下町(現 常総市)出身。 国士舘大学大学院修士課程修了および早稲田大学大学院修士課程修了。 <主な戦績> 【オリンピック柔道競技】 2004年 100kg超級 金メダル(アテネ) 2008年 100kg級 出場(北京) 【世界柔道選手権大会】 2003年 無差別級 金メダル(大阪) 2005年 100kg級 金メダル(カイロ) 【全日本柔道選手権大会】 2004、2005、2007、2011年 優勝 ◎オリンピック・世界選手権を通じて男子選手で初めて3階級を制覇 <指導実績> 国士舘大学柔道部 男子 2016年 全日本学生柔道優勝大会 3位 全日本学生柔道体重別団体優勝大会 優勝 2017年 全日本学生柔道優勝大会 ベスト8 全日本学生柔道体重別団体優勝大会 2位 2018年 全日本学生柔道優勝大会 3位 全日本学生柔道体重別団体優勝大会 3位

指導者の影響は大きい。
だからこそ学び続けなければならない。

進むべき方向が示されてアスリートは前に進める。

アテネオリンピック金メダリストであり、オリンピック・世界選手権を通じて男子選手で初めて3階級を制覇するなど、その活躍を誰もが知る柔道家 鈴木桂治氏。鈴木氏は3歳から柔道を始め、日本一になりたいという夢を叶えるために、中学から柔道の名門校である国士舘に進学した。親元を離れた寮生活も厭わないほどモチベーションは高く、努力で才能を開花させた。ただし、それは自分一人で成し得たものではなく、指導者の存在が大きかったという。

「その時々の指導者に本当に恵まれたと思います。中学時代の監督には、男として、柔道家として恥ずかしいことはするなと教わりました。いじめなどカッコ悪いことは絶対にするなと。練習の重点は基礎体力づくりに置かれ、国士舘の伝統である寝技の基本をひたすら教えてくれる先生でした。高校時代の監督は、柔道の強さを求める方で、勝つための気持ちの持ちようや、柔道というものの研究の仕方を教わり、練習量も求められました。大学の監督は、日本を代表する柔道家である斉藤仁先生。斉藤先生は柔道に対してとても厳しい方で練習はとにかくハード。柔道の難しさ、怖さを徹底的に教わりました」

計10年にわたる教えは血となり肉となり、社会人となった後も鈴木氏を支え続けた。

「思うような結果が出ず、初心に返って中学の頃の教えを持ち出すこともありましたし、高校時代のようにひたすら練習量をこなすこともありました。そして、勝負で負けたときは柔道の怖さをあらためて思い知らされる。10年間で学んだことを繰り返すことで現役を続けていましたね」

やるべきこと、進むべき方向が示されてアスリートは前に進める。どれだけ強くなるかは、どれだけ教えを吸収できたかによるだろうと鈴木氏は振り返る。

選手は選手。指導者の分身ではない。

そんな鈴木氏が母校国士舘大学柔道部の男子監督となり、全日本柔道男子コーチにも就任。指導する側へと立場が変わり、若いアスリートたちと真摯に向き合っている。2019年で指導者として7年目を迎える。

「指導者になってすぐ、間違ってはいけないと思ったのは、選手や学生は、私ではないということです。学生は学生であり、鈴木桂治ではありません。進むべき方向が示されてアスリートは前に進める。当たり前ですが、熱くなりすぎるとついつい忘れて感情的になってしまいかねないのです。自分はこうしてきたんだ、これが正しいんだと押しつけるようなこともしてはいけない。私はこうしてきたけれど、君たちはどうしたいの? 何ができるの? 何ができないの? だったら何をすべきだと思うの?と考えさせるようにしています」

それは鈴木氏自身の柔道家としてのスタイルとも合致したやり方だという。

「私自身が、まず自分の柔道を考えるタイプだったんです。自分はどういう技が得意で、どういう力を持っているかを自分で整理し、この対戦相手にはどういうふうに出していったらいいかを考える。そうやって考えるのがおもしろかったですし、そのためにはどういう練習がいいのかと、どんどん落とし込んでいくスタイルだったんですね」

もちろん考えろと突き放すのではなく、正しい方向に考えを導くのが指導者の役割だ。だが、例え金メダリストであっても選手として身につけてきた知識や技術だけでは指導者としては力不足で、コーチング理論やスポーツ医・科学など、多岐にわたる知識が求められる。鈴木氏自身もそのことを実感しており、選手やチームのレベルアップには指導者自身のレベルアップが必要であるとの考えから、大学院で研究を重ねたり、JOC主催のナショナルコーチアカデミーに通うなど、指導者に求められる知見を貪欲に学び続けている。

「さらに、座学や文献を通して学んだことを解釈して応用するためにも私は現場での学びを大切にしています。強いチームの指導者、尊敬できる指導者らに会って生の話を聞く。自分の足と言葉を使って得た情報もまた貴重な指針となっています」

試合に出られない人の支えがチームを強くする。

強靭なチームづくりにはチーム全員の力が必要。

学年も競技力も異なる様々な学生が所属する大学柔道部と、日の丸を背負って世界で戦うトップアスリートたちが集う全日本チームでは自ずと指導の方針は異なる。鈴木氏も大学ではチームづくりやチームワークの向上をまず念頭に置いているという。

学生柔道には団体戦があり、各チームが学校の名誉をかけて戦う。団体戦は、強い選手を集めれば勝てるという単純なものではなく、選手個々の特性を見極めた配置と各選手が自分の役割をしっかり果たせるかが勝敗を分ける。それも当然ひとつのチームワークであるが、鈴木氏が監督として常に留意しているのは、部全体、部員全員のチームワークだという。

「なぜかというと、選ばれた選手は、選ばれなかった部員たちに担がれ支えられているからです。出場選手に選ばれても自分を担いでくれている人のことを何とも思わなければ担がれなくなってしまいます。逆に選ばれなかったからと自分のことだけ考えていたらチームの中で居場所がなくなるかもしれません。チームにはキャプテン、副キャプテン、主務のほか、チームを様々な形でサポートする人が必ず必要で、一人ひとりに役割があります。試合に出る、出ないに関わらず、皆がその役割を全うしているチームはやはり強く、勝ち上がっていくものです。特に4年生には、選手かどうかに関係なく、自分たちのチームなんだ、自分たちが引っ張るチームなんだという自覚を促します。ただ仲良く手をつないで勝とうぜ勝とうぜと言っても勝てるわけはなく、まとまりのないチームには必ずほころびが生じます。強靭なチームづくりには全員の力が必要なのです」

国士舘大学柔道部(男子)の部員は約100名。4年間1度も大会に出られない選手もいるというのが現実の厳しい世界。その中で、与えられた役割、立場を一人ひとりに自覚させ、その大切さ、尊さを教えるのがチームを牽引する指導者の大きな役割だと鈴木氏は考える。

密なコミュニケーションで一人ひとりの"個"を理解する。

選ばれなかった部員にとって、その役割を受け入れることは悔しくさみしいことかもしれない。だからこそ、鈴木氏は部員たちとの距離感やコミュニケーションを大切にしている。監督に就任した当初は、「監督は学生に好かれることはなく、好かれようとも思いません」と語っていたが、若い学生たちと接する中で考えが変わった。

「時代という言葉はあまり使いたくないのですが、今の若い人はすごく話したいんです。監督とも仲良くなりたいんですよ。私の学生時代には考えられませんでしたが(笑)。だから、こちらから話しかければ、めちゃくちゃ話してくれるし、どんどん質問もしてきます。毎日100人と話すことは難しいですが、幹部や4年生などチームを引っ張っている部員を中心に、積極的に話しかけてコミュニケーションをとるようにしています」

その上で、個性や背景をよく理解することが、現代の指導者には必要ではないかという。

「全日本チームなら全員が世界を見ているので指導のあり方も明確なのですが、大学生は本当に一人ひとり違います。チームとして日本一を目標にしていますが、試合に出て活躍できるのはほんの数人ですからね。なぜこの大学に入って柔道をしているのか。何を考えているのか。何を得たいのか。どんなキャラクターの持ち主なのか。何がやりがいなのか。将来はどうしようと思っているのか。話を聞く中で、その部員の"個"を知り、その上で目配り、気配りができることが今の指導者には必要かなと思います」

鈴木氏は100名の部員全員の顔と名前はもちろん、"個"も理解し、元気がなかったり様子がおかしかったりすれば、仲の良い同級生や面倒見のいい部員に声をかけて様子を見てもらうようなこともする。厳しい鍛錬の日々の中にも笑顔があり、ふざけたり、ときには恋愛話もあったり。状況や場面によって監督という壁を高くしたり低くしたり。硬軟の使い分けを人一倍心がけている。

指導者としての自分のカタチをつくるべき。

指導者はそれまでの貯金で指導などできない。

伝統ある強豪校で、目標は「日本一」。全国から集まった猛者たち、高い向上心を持った部員たちを、監督は、より高いステージへと導かなければならない。

「そのためには、学生よりも柔道をより知っていなければならないし、技術もなければいけないし、言動に説得力がなければ通用しません。私は技術に関しては学生に教えられると思っていますし、強くなるためのトレーニングに関しても教えられると思っています。それは私がオリンピックで優勝したからというだけでなく、今も勉強しているし、勉強している姿を見せているからです。今までの貯金で指導なんかできませんし、何もない人間がやれと号令をかけても、お前に言われたくないよとなってしまいます」

春・秋の大きな大会に照準を合わせ、コーチと一緒に年間のトレーニングスケジュールを作成して部員に提示。「日本一」をめざすと共に部員一人ひとりに目標と課題が与えられる。何度も言うのは、「試合前にいい練習をするのではなく、試合のないときにいい練習をして、試合の前になったら調整に入る」ような練習を自らに課せということ。

また、「最新の科学を取り入れる頭と体がなければ意味がない」ため、全日本レベルが導入しているような新しいものはあえて取り入れていないが、陸上の投てき選手と一緒にウエイトトレーニングをしたり、レスリング部の練習に参加するなど、他競技の良いところを取り入れる工夫は行っている。

選手の競技レベルに合わせて、指導の言葉も変えている。

「レベルの高い選手には一言で伝わることも、そうでない選手にはかみ砕いてわかりやすい言葉で説明したり、別のアプローチで伝えるなどしなくてはなりません。それで、やっと今日できるようになったと思っても、次の日にはできていないのが常で、指導とはその繰り返しなのだと思います」

「始め」の声がかかるまでの"準備"を全力でサポート。

他にも、順風と逆風を知る鈴木氏らしい言葉が聞けた。1つは「勝ちたいという欲」を引き出す声かけだ。

「これは私なりのやり方なんですが、これだけキツいことをやっているんだから、勝たなきゃもったいないだろうと声をかけます。選手の自信につながるのは、結局は厳しい練習や地道なトレーニングをやり抜くこと、勝つためにはどうするかを考え抜くことしかないんです。だったら、勝たないともったいないよ。これだけやったんだから勝とうよという思いを共有するようにしています」

もう1つは「緊張やプレッシャーを受け入れる」ということ。

「緊張やプレッシャーがあるからこそ、ここ一番という勝負で自分の持っている何十倍というパフォーマンスが出るのだと思うんです。奇跡の勝利とか意外な勝ち方と表現されることがありますが、そんな状況、普段通りの力では起こり得ないんです。だから緊張をなくすということは私はしたいと思わないし、人間として当たり前のことなんだからなくすなんてできっこない。だったら受け入れろ。逃げるなと。そう声をかけていますね」

主役は選手、学生であり、指導者にできることには限界があるとのスタンスも明確だ。

「いずれにしろ、覚悟をもって畳に上がるのは学生ですから、指導者は、どこまで戦う準備をさせてあげられるかってことになる。審判の始めの声がかかってしまえば私たちにできることはありません。だからこそ、そこまでの準備が全力でできるように、私もコーチも持っているものは惜しみなく伝えていきたいと思っています」

大切なのは、自分を知り、本気になること。

指導者にもっとも必要なことは何かという問いにも明解な答えが返ってきた。

「本気になることです。もし選手がやる気にならないとか、言うことを聞いてくれないという指導者がいるとすれば、それは指導者がまだまだ本気じゃないからでしょう。指導者も結局は自分のカタチをつくらないといけないと思います。自分はどんな知識、技術を持っていて、どんなことを教えられるのか。指導者がまず自分のことを理解しないと指導もうまくいきません。その上で、どういう指導をしたいのか、どんな目標を掲げて、どういうチームをつくりたいのか。それが明確で指導者が本気であれば不可能はないと思います」

鈴木氏は、全日本のコーチとしては、オリンピック全階級での金メダル奪取、国士舘大学の監督としては学生日本一を選手、部員たちと共にめざす鈴木桂治氏。その本気度は選手、学生たちに確実に伝播し、高みへと押し上げている。

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