東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2015/11/12

世界を知り、選手を知り、一緒に目標を追いかける。~ベテラン指導者の視点とは~

世界を知り、選手を知り、一緒に目標を追いかける。~ベテラン指導者の視点とは~

石塚浩氏は、教授を務める日本女子体育大学の陸上コーチや日本陸上競技連盟での選手強化、さらにはテレビでの競技解説など、幅広い分野で活躍。当事業団のテクニカルサポート事業でも豊富な経験を活かし、陸上短距離・跳躍種目のテクニカルアドバイザーとして高校生アスリートを指導している。そんな石塚氏に選手指導にあたっての留意点やスタンスを伺った。

石塚 浩

石塚 浩(いしづか・ひろし)

日本女子体育大学・大学院 教授 陸上競技部コーチ 日本陸上競技連盟強化委員会・医科学情報サポート・情報部長,2020東京五輪プロジェクトタレントマネージャー

指導者なら世界のトップレベルを知っておくべき。

人との出会いを通して指導者としての基盤を形成。

石塚氏は根っからのスポーツ好きだ。とりわけ自身が競技者であった陸上競技の技術的・科学的な進歩に関心が深く、アスリートの成長に携わることに大きなよろこびを感じている。そして石塚氏の口からは、日本及び世界のトップアスリートや著名な指導者の名前がポンポンと飛び出す。直接指導した選手であったり、強化のサポートをした選手であったり、交流のあるコーチたちだ。石塚氏は、自身の指導方法や幅広い知識をこうした多くの人たちとの出会いや交流から学んできたと言い、日本の陸上を強くするにはどうすればいいのかという大局的な見地にも通じている。

最初に大きな影響を受けたのは、当時、高校駅伝の指導者として注目を集めていた小出義雄監督(佐倉アスリート倶楽部代表)だった。石塚氏が大学で陸上競技の指導をするようになったばかりの頃だ。

「小出さんは長距離だけでなく、やり投の選手もインターハイで入賞させていて、その指導方法を教えてくれました。陸上の専門誌に載っている連続写真を選手に見せて、『こうやって投げろ』と言うんですが、それだけだと無茶苦茶です。しかし、小出さんは専門ではないやり投の知識を自分のつながりをいかして勉強し、『ここの構えが大事らしいぞ、おまえは自分でどうなっているかわかるか?』と課題を与える。そして、『ここはよくなったじゃないか』と褒めるんです。選手は自分の動きに興味を持つようになり、それがやる気にもつながりますよね。うまいなあと思いました」

若い指導者は選手を自分で強くしようとしてとかく縛ってしまいがち。ある面では野放しなところもあった方がいいし、わからなければわかる人に助けてもらえばいいんだと教えられたという。選手が強くなってくれればいいんだという明快な姿勢にも共鳴した。石塚氏の指導者としての原点だ。

人脈はつくるものではなくできるもの。

海を越えた多彩な交流や人脈も、陸上競技への深い関心と好奇心の産物だ。30年前、まだ日本のスポーツ科学が黎明期にあった頃、石塚氏は最新の知見を得ようと旧東ドイツに渡り、スポーツ科学の総本山と言われたライプツィヒ体育大学の門を叩いた。世界トップレベルの研究や指導法がいかなるものか、とにかく見たい、知りたいという思いが石塚氏を突き動かした。

「恩師の紹介状を持って訪ねたのですが、いろいろなことを教えていただき、その知識は後々とても役立ちました。ちょうどローマで世界陸上も開催されていて、電車の乗り方もわからないのに行き方を聞きながら国境の山を越えました。費用は自腹でしたが、美大生が先行投資として有名画家の展覧会に行くのと同じで、私はその時点の陸上競技のトップが知りたかったんです」

オリンピックのメダリストを育てた中国の指導者たちとの交流も、留学生を介して中国ナショナルチームの施設見学が実現し、それを契機にスポーツ科学分野の情報交換や研究会を重ねる中でネットワークが広がった。日本の代表選手・強化選手が合宿できるほどにお互いの信頼関係も厚い。

「中国のコーチ陣はそれを仕事にする各種目のプロフェッショナルであり、学ぶべきところが多い。投てき種目など自分の専門外の種目の指導の要点なども、現場で見て、聞いて、感じて、自分なりに消化して身につけられた部分も大きいですね。人脈はつくるものではなく、できるものというのが私の考え。世界的な指導者に日本の選手を見てもらえる機会も提供できるようになりました」

トップレベルを知る、触れるという経験はトップアスリートを抱える指導者にだけ求められるものではない。多くの指導者に、磨けば光る原石を見逃さないでほしいと石塚氏は訴える。

"動き"が「できる」選手は、自分の動きを感じられる。

動きができるできないの差は感じることができるかできないか。

石塚氏は現場で指導にあたりながらライフワークとして研究活動も続けている。通底するテーマは、『動きが「できる」とは』だ。

「できる選手とできない選手。その最大の差は、感じることができるか、できないかにあると思います。自分の競技力を向上させていくためには、自分の身体の動きが自分でわかる、感じ取れるということがベースにないとステップアップは難しい。逆にいうと、今の動きと前回の動きを比べて、どこがどう違って感じたかを自分の言葉で説明できる選手は、いつでも動きが上手にできるようになる可能性が大きいということです」

後にメダリストとなるような選手は、ジュニア時代からそれができていることが多いという。例えば陸上競技などのトレーニングで行うバウンディングでも、感じられる選手は自分の上体の前傾・後傾具合までしっかり感じて記憶。コーチからの、もう少し前に倒して、倒し過ぎだから起こしてという指示との対応関係も覚えているから動きの再現性も高いし、身体の使い方のコツやタイミングをいち早くつかむことができる。

「そこまで感じられるのは一部の究極の例ですが、要は自分自身と対話する、自分の身体と会話するということだと思うのです。これはその選手が元来持っているセンスの部分もありますが、感じることができない選手の場合、そういう機会を与えられなかったのではないかということも考えられます」

当然だが、みんながトップアスリートになれるわけではない。ただし、トレーニングを通じ、感じる機会を与えられれば競技力向上の可能性は広がる。また、自分の身体と会話するという体験は、生きるうえでもプラスになると石塚氏は考える。

「心のありようも含めて自分自身と対話ができれば、物事を熟慮するようになり、自然とキレるという行動もなくなるのではないでしょうか。これもスポーツの効用だと思います」

今、何を感じたかを聞くことで"感じる"を促す。

では、感じられる選手になるために指導者は何をすべきなのか。

「今どう感じたかを聞いてみることだと思います。ジュニア以下の子どもは語彙が限られますから、言葉の抑揚も含めて大人が根気よく引き出してあげなければなりません。ジュニア以上に成長してくると、今度は嘘を言ったり、逆のことを言ったり、ごまかしたりするようなことが出てくる。そうなると誘導尋問をしたり、動きができていないときにわざと今のよかったねと言って反応をみたり、さっきと今とでは何が違ったかを聞いたりしなければなりません」

ポイントは偉そうに振る舞うのではなく、軽い調子で、繰り返し聞いてみることだという。

「『借問』(しゃもん)という中国の漢詩に使われる言葉があります。"少々、ものをお尋ねします"という行為で、知らない地で目的の場所に行くのに、ちょっと人に聞きさえすれば大きく間違うことはないだろうという教えが含まれています。私はこれを恩師に教わりましたが、まさに借問を選手と指導者の間で日々繰り返せば、いいコミュニケーションがとれる関係になり、自分の動きを感じるための訓練となるでしょう」

借問は、スポーツ運動学において、選手に動き方やそのコツを伝えて"できる"ようにする促発指導に必要な能力のひとつでもあると石塚氏は言う。伝える。ちょっと聞く。そして一緒に考える。そうすることで強い選手が生まれ、育っていくのだ。

記録は一人では達成できない。だからスポーツで人は成長できる。

大切なのは選手が練習できる条件を揃えてあげること。

石塚氏自身は、現場での指導の場面において、選手の何を見ているのか。

「全体を見ているとしか言いようがないですね。スポーツにおける、動きができるというのは、機械論的、S-R論的に因果関係に結びつけ、これをやったからこれができるということにはなりません。陸上競技に特化したコントロールテストで、トップアスリートたちが測定したデータはあります。この項目をここまで上げれば競技力がここまで向上するだろうと見越すことはできるし、それはとても有効な手段なのですが、試合前になると緊張してしまうなど、気の弱い選手もいるし、現場ではとにかくいろんなことが起こる。それら全部に総合的に対応していかざるを得ないわけです」

だから、指導で留意することの筆頭には必然的に体調管理がくるのだという。

「私は女子体育大学で指導しています。選手は女子大生ですから主に体重の増減に気をつけなければなりません。体重が増えやすいことで悩み、思うような成績をあげられない選手は多いし、逆に練習過多で体脂肪があまりに減ると女性としての機能に変調を来してしまうこともある。これまで数多くの選手を指導してきて、この選手にはこういう見方ができる、こういう対処が考えられるというモデルは私の中にありますが、大切なのは選手がおもいきり練習できる条件を揃えてあげること。トレーニングをすることによってマイナスになってしまっては、選手がいくらいいものを持っていても伸ばすことはできません」

高校生アスリートのテクニカルサポートにおいても、これからの選手だからこそ、身体のことを一番に気にかける。アプローチするのは対象選手の指導者だ。

「日本の中学や高校の体育指導者のレベルは世界的に見ても、競技種目ごとのバイオメカニクス的な知識についてよく勉強しています。ただ、それが逆に働いて詰め込み過ぎてしまう可能性を否定できません。例えば、無理をして疲労骨折を悪化させると手術が必要になって貴重な時間を何年も棒に振ることになる。そうならないように私の苦い経験を話して、必要なら専門の医療機関を紹介したりしています」

アスリート・ファーストでも選手と指導者に上下はない。

動きを感じさせるために、練習ができる条件を揃えるために、多角的に選手に働きかける石塚氏が、もう一つ、心掛けているのが選手との距離感を縮めることだ。

「今の若い人は、相手の顔色を伺うことには長けているけれど、自分はこう思うという自己主張が苦手なんですね。思っても口に出すことができない。それを言えるようにするのも指導者の仕事です。時間はかかりますが、先ほどの借問と同様、気心が知れるようになるまで会話を重ねて、冗談も言い合える関係にしていく。先生の言っていることはおかしい、納得できない、私には合わないという発言が飛び出すようになれば、お互いに切磋してもっと先に進めます」

選手と指導者はイーブンの関係だというのが、変わらない基本的なスタンスだ。

「今、アスリート・ファーストという言葉がよく使われますが、選手も指導者もその意味を勘違いしてほしくないと思います。競技者が第一優先だとしても、じゃあ何でもすべて彼らが先で、その他の人は後ろだという関係は好ましくありません。人間同士なんですから上も下もないし、言われたことをやればいいわけでもないし、言われなくてもやらなくてはいけない。お互いに気を遣うべきところは気を遣って、敬意を払うべきところは敬意を払う。競技者と指導者、それに保護者も一緒になって同じ目標に向かって努力する。それがスポーツで成果を生む一番の近道であり、人間的な成長にもつながるのだと私は思います」

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