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2016/10/27

人生の目標、スポーツの目標を明確にし、そのためのプロセスも具体化する。~『目標設定』は人生のイメージトレーニング~

人生の目標、スポーツの目標を明確にし、そのためのプロセスも具体化する。~『目標設定』は人生のイメージトレーニング~

「メンタルトレーニング」は、試合に勝つ可能性を高めるために選手の心理面を強化する練習。具体的に何をするのか。高妻氏は、8つの基本的な心理的スキルを組み合わせ、効果的にメンタルトレーニングを行うためのプログラムを提唱している。第1項目にあげられるのが、“やる気”や“練習の質”を高め、自身の競技人生をどのように送りたいかを自覚する目的で行う『目標設定』。「このままではいけない!」と選手に気付かせ、競技力向上に欠かせない内発的なモチベーションを高めるためのトレーニングである。

高妻 容一

高妻 容一(こうづま・よういち)

東海大学体育学部 教授 スポーツメンタルトレーニング上級指導士

国際応用スポーツ心理学会、日本スポーツ心理学会など多数の学会に所属し、Sport Psychology Council(世界各国のスポーツ心理学の代表者の組織)委員、メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会代表・事務局で活躍する傍ら、現場での指導者としても多くのチームや団体のメンタル面強化のアドバイザー等を務めている。

引退を意識することからすべては始まる。

"やる気"の出し方を知っていますか?

「もっとやる気を出せ」。練習中によく聞く言葉だ。
しかし、そう言われた選手は果たして"やる気"が出せるだろうか。
残念ながら、何をどうすれば"やる気"が出せるのか、具体的な方法を知って実践している指導者や選手はとても少ない。それが日本のスポーツの現状だと高妻氏は言う。

「やる気というのは、心に火がついてメラメラと燃えあがり、自ら積極的に行動したいという心理的な状態です。これを内発的なモチベーションと言い、これを持っている選手の方が将来的に伸びることが各種のデータからわかっています。メンタルトレーニングは、この内発的なモチベーションを高めることをとても大切にしています」

対して監督に怒られるから練習をするというのは外発的なモチベーション。それは"やる気"ではなく"やらされている"だけだというわけだ。
では、内発的なモチベーションを高めるにはどうすればいいのだろうか。

スポーツを人生の中にどう位置付けるのか。


目標設定用紙(結果目標)

高妻氏は、キーワードは"気付き"だという。
その"気付き"を促すのが、心理的スキルの第1項目にあげられる「目標設定」だ。
「目標設定」を明確に行うためのツールも用意されている。高妻氏が1980年代に作成し、その後、延べ10万人もの選手が使用する中でブラッシュアップしてきたものだ。

まず選手には「目標設定用紙(結果目標)」に向き合ってもらう。
左の欄に「人生の目標」、右の欄に「スポーツの目標」を記入するようになっており、人生の目標から書き進めていく。まず1番上の夢のような目標から考え、途中を飛ばして書かないよう、50年後、30年後、10年後、5年後、1年後、さらに半年後、今月、今週、そして今日、今の目標と、時間を遡りながら、10分間でどんどん目標を落とし込んでいく。各競技のトップとして活躍している選手たちは、明確な最終目標、そこに至るプロセス目標も明確で、1年後、2年後に自分はどうなっていたいのか、最終的には何をめざすのかを考え、書き綴っている選手が多い。
だがこの「目標設定用紙」、先を見据えている選手はすらすら書けるのだが、そうではない選手はなかなか書けないと言う。

「最初はほとんどの選手が制限時間内で記入できず戸惑います。自分の親より上の年齢の将来なんて考えたこともないでしょうからね。でも、とにかく考えてもらうんです。夢のような目標でかまわない。オリンピックで金メダルを取ること、大歓迎。そして、50年後は孫にスポーツを教えているとか、30年後は教師や監督になっているとか。人生の目標とスポーツの目標がけっこう重なるんですね。そこで私は選手に投げかけます。君の人生にとってスポーツは1番目なの? それとも2番目3番目なの? すると選手たちは、スポーツをすることは自分の人生にも関わる大きな存在であることを初めて意識するようになります」

高妻氏はさらにたたみかけるのだという。

「じゃあ、人生の中で、いつスポーツ選手としてのピークを迎えるのがいいんだろうね? 何歳で引退するのかな? 現役の選手でいられるのはあと何年? 思っていたよりけっこう短いんじゃない?」

若い選手は引退なんて他人事だと思っている。意識もしていない。ずっと現役が続くものだと漠然と考えている。しかし、余命宣告を受けた患者さんが人生を真剣に生きるようになるのと同じく、競技生活にもタイムリミットがあることに気付けば、「このままではいけない」という危機感が生まれ、スポーツに向き合う意識、姿勢が変わる。
いわば人生のイメージトレーニングをしてもらうわけだ。1番上から書いた目標を今度は1番下から見直し、その目標をクリアしたら1段上の目標に近づくことができているか。つながった目標設定ができていれば目標達成は近い。

目標達成までのプロセスを日々の練習にまで落とし込む。

大きな目標を達成するための中間目標を課す。

目標がはっきりしたところで次に記入してもらうのが「目標設定用紙(プロセス目標)」だ。
今度は目標を達成するための具体的なプロセスを考えてもらう。

「ジュニアの選手にはよくこう聞くんです。新婚旅行に行くとしたらどこがいい? フロリダのディズニーワールド。いいね。じゃあ、どうやって行く? 飛行機は? 空港は? 乗り換えは? ちゃんと調べて計画を立てないと出発もできないね。夢や目標を達成するのも同じなんです。いきなりオリンピックの舞台に立てるわけじゃない。例えば柔道であれば、インターハイで優勝する。強い大学に入って全国大会で優勝する。ユニバーシアードの日本代表になり、外国人選手に勝って優勝する。全日本選抜柔道体重別選手権で優勝する。さらにオリンピック開催年の欧州各国の大会で優勝する。そこまでやってからオリンピック選考があるわけです。競技によって道程は異なりますが、目標に到達するためには、綿密な計画を立てて準備をしなければなりません。プロセス目標はそのための準備です」

目標を持つことは大切だが、そこで終わってしまっては行動に結びつかない。見てわかるように目標設定用紙のすべての空欄を埋めようとすると、否応なしに将来に目を向け、自分自身と向き合わなくてはならない。
記入はかなり面倒で時間のかかる選手も珍しくない。しかし、だからこそ意味がある。現在、バレーボールやバスケットボールのプロリーグで活躍する選手からも、この「目標設定」を学生時代に行ったことが現在につながっているとの評価を得ている。

誰にも平等に与えられた24時間の質を高める。

これだけでは終わらない。
目標達成までのプロセスをもっと身近な課題とするべく、「今年1年間の上達プラン」、さらには「今週のスケジュール」にまで、行動を具体化していく。

「まず1年のうちにどんな試合がいつどこで行われるのかを書いてくださいというと、ほとんどの選手は書けません。監督やマネジャーに聞かなきゃわからないと言う。そこで私は指摘します。だったら君はかなりいい加減な選手だね。いつ試合があるかもわからないのに、どうやってコンディションやメンタルをピークに持っていくの? やばいね! 選手たちは言葉に詰まりますが、そこで焦りや危機感を持ってもらうことが大切です」

1年間のプランは、試合のスケジュールに合わせて、チームと個人それぞれの練習計画を立てるためのものだ。チームとしてどう取り組んでいくのか。どうやってピークに持っていくのか。それが頭に入っていれば、自ずと日々のやるべきことも鮮明になってくる。
それを"見える化"するのが「今週のスケジュール」だ。いま自分がどのように毎日を過ごしているかを振り返って記入し、果たしてこれで夢や目標を達成できるかを自己分析してもらう。そのうえで、プラスアルファで何と何を加えたら、もっとうまく、強く、速く、上達するかを再記入してもらう。

「どんな選手も1日は24時間。平等です。その限られた時間の使い方が将来の自分を化けさせるわけですから、24時間をもっと質の高いものにしなければなりません。歯を磨きながらスクワットをする。電車の中ではバランス・トレーニングをする。1つ前の駅で降りてランニングして帰る。宿題はストレッチをやりながらする。携帯やゲームで時間を浪費しない。やろうと思えばできることはたくさんある。そこに目を向けてほしいんです」

ここまで細かく目標設定をするのは、すべて"気付き"のため。気付けば何かをしたくなる。しないではいられなくなる。そういう内発的なモチベーションが高まれば、時間の使い方を自ら工夫するようになるだろう。

気付けば変わる。気付けば爆発的に成長する。

「練習日誌」で頭の中をポジティブに。

目標がはっきりした。プロセスも見えた。何をやるべきかもわかった。しかし、メンタルトレーニングは日々繰り返すことでメンタルを鍛え、やる気を引き出すトレーニング。日々の練習に活かされてこそ初めて「目標設定」ができたと言える。

そこで不可欠となる存在が「練習日誌」だ。自分が階段を確実に登っているか、目標に近づいているかを毎日、評価・判断し、目標やプロセスを再確認するために必要だ。
高妻氏は、「練習日誌」をつけることに慣れていない選手のために、簡単に書き込むことができる「初級編」「中級編」の練習日誌を用意している。「初級編」は、10項目のチェックリストに沿ってその日の練習内容を5段階評価し、項目ごとにひと言コメントを書くだけ。「中級編」は、心・技・体の3つの側面から目標達成度を5段階評価し、良かった点や修正したい点、感想などを書き込めるようになっている。

「これは、過去から現在、そして未来へとつながる自分の姿をイメージトレーニングするための道具です。自らの進歩を実感することで内発的なモチベーションを維持し、さらに高めることができます」

ただし、「練習日誌」をつける際に守らなければならない約束があり、これがメンタル面でとても重要だという。

「反省をしないことです。反省するということは、ネガティブなことを思い出すこと。頭の中で考えるのはいいのですが、それを文字にして書くと潜在意識にすり込まれます。毎日、反省文を書いていたら、365のネガティブなイメージが蓄積されるのです。だから、書くときは、明日はここを改善してみよう!きっと良くなる!と楽しくポジティブに書こうと指導します」

また高妻氏はこうも言っている。

「ただ、ポジティブ=良、ネガティブ=悪というわけではありません。反省を生かすためにあえて最悪のことを考えて次の準備をすることも方法としてはありますが、まずは、ポジティブ思考を身に付けてほしいのです」

取り戻せない過去を考えるのではなく、いま自分のできることを考えて未来につなげる。そういう思考を繰り返すことで、頭の中をどんどんポジティブにしていく。

コミュニケーションがより効果をもたらす。

こうした一連の「目標設定」を行い、「練習日誌」をつけることが楽しいと感じるようになる選手は、"爆発的"に伸びると高妻氏は言う。

「コメントを書くスペースが足りない。書くのが楽しくて仕方ないと言ってくるような選手の日誌は、見返すといつ変化したかが見えてきます。自らの意思で自分の何かを変えようという姿勢に変わるのです。私はそれを"悟り"と表現しているのですが、"悟り"こそ"気付く"ということ。そうなった選手はもう大丈夫ですね」

「目標設定」のスキルに限らず、メンタルトレーニングをより有効なものにするためには、「スポーツメンタルトレーニング指導士」など訓練を受けた専門家による指導・サポートが効果的だ。ただ用紙を渡して記入させるだけでは意味がなく、コミュニケーションを図りながら選手自身に考えさせなければならず、それには体系化された知識、経験、ノウハウを要するからだ。

「例えば練習日誌。監督など指導者がチェックすると、選手のウィークポイントを指摘したり、命令口調のコメントを書いて返してしまうんです。すると選手は監督がよろこびそうなコメントを書くようになってしまい、そうなるともうメンタルトレーニングの意味はなくなります。コメントを書くならば、端的かつ短く"Good!"というような言葉を使い、あまり長く書きすぎないことが大切。メンタルトレーニングは実技です。先進国である欧米の研究結果をベースとした科学的なトレーニング法であり、やらないよりやった方が絶対にいい。導入したチームや選手はその成果を実感しています」

ましてや、指導者、保護者も一緒に学び、メンタルトレーニングの何たるかを理解することで、成果は一層高まるのだという。いつから初めてもかまわないし、遅すぎることはない。

「体を動かすことだけがトレーニングではありません。ぜひ多くのチームでメンタルトレーニングを取りいれ、心・技・体に優れた選手を育ててほしいですね」

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