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2016/12/27

万全のコンディションで試合に臨むためにはいつ、何を、どう食べるべきか。~試合期の実践スポーツ栄養学~

万全のコンディションで試合に臨むためにはいつ、何を、どう食べるべきか。~試合期の実践スポーツ栄養学~

闘うカラダをつくり競技力を向上するためには、「スポーツ栄養学」に基づいた正しい食事の知識を身につけ、日々実践することが大切だ。事実、オリンピックのメダリストなど、競技力の高いアスリート(チーム)ほど、競技特性やトレーニング内容、試合日程に合わせた充実した食事ができている。今回は、その中でも「試合期」の食事と栄養について、公認スポーツ栄養士として活躍する岸昌代氏にわかりやすくポイントを上げてもらった。

岸 昌代

岸 昌代(きし・まさよ)

帝京平成大学健康メディカル学部健康栄養学科 講師 管理栄養士 公認スポーツ栄養士 健康運動指導士

選手の食習慣を含むライフスタイルを見据えてサポート。

栄養サポートの入口はバレエダンサーの支援。

公認スポーツ栄養士として多方面で活躍する岸昌代氏は、当事業団の競技力向上テクニカルサポート事業において2009年よりカヌースラローム競技の栄養サポートを担当するなど、アスリートに寄り添い、具体的かつ実践的なアドバイスと指導を行っている。
元々は管理栄養士として大学病院や保育園、保健所に勤務し、公衆衛生の見地から社会に貢献していたが、自身のある経験から、栄養サポートが必要にもかかわらず、それがないままストイックに夢を追いかける人々に出会い、今の仕事に舵を切った。

「仕事の傍ら、趣味でクラシックバレエを続けていたのですが、レッスンしてくださる指導者の方などプロレベルのバレエダンサーたちの食事の実態を知るにつれ、なんとか力になりたいと思うようになりました」

バレエダンサーは芸術家であっても演じる作品によってはアスリートさながらの身体能力が求められ、日々の厳しい鍛錬によって強靱かつ柔軟な肉体をつくりあげている。にもかかわらず食に関しては優先順位がとても低かったのだという。スタジオには食事をとるスペースもないし、公演前は食事も取らずに遅くまでリハーサルで、テーパリング(本番前に練習量を減らすこと)とは反対にぎりぎりまで追い込むダンサーが多かった。
そこで岸氏が着目したのがスポーツ栄養学だった。身体活動量が多い対象者を栄養サポートするという観点から共通点が多いと考えたからだ。そこで意を決して大学院に入学。スポーツ栄養学の第一人者、田口素子氏のもとでスポーツ栄養学を学び、『公認スポーツ栄養士』の資格を取得した。これまでの経験を活かすため、岸氏はスポーツのみならず芸術家へのサポートも継続して行っている。

「先日のリオ・オリンピックの閉会式で次期開催地の東京をアピールする場面に、かつて私がサポートしていた男子新体操の選手がパフォーマーとして出演していました。ジャンルは違いますが、ダイナミックな演技ができるのは、普段(過去)の食事法の成果でもあるので、スポーツ栄養学はあらゆる方面において可能性を秘めているということを改めて実感しました」

パフォーマンスを向上するのは栄養素ではなく"食"。

高みをめざして頑張る人たちのサポートをしたい、支えたいという動機で公認スポーツ栄養士となった岸氏だけに、アスリートを見つめる目は温かく、栄養素ではなく"食"でパフォーマンスを向上してほしいという思いが強い。

「よく栄養士だから栄養素の話でしょうと思われがちなのですが、栄養素の話で終わってしまっては味気なく、肝心の食事がおいしくなくなりますよね(笑)。選手の食習慣を含むライフスタイルを見据えてサポートするように心掛けています」

だから出発点はあくまでも選手の競技上の目標に置くのだという。目標に対して食事をどう位置付けるのか。食事をどう変化させれば、体づくりやパフォーマンスにどんな影響があるのか。選手と一緒に考え導いていく。今後の競技生活に結びつくアドバイスとするため、選手から本音を引き出す努力や工夫も惜しまない。

「例えば体型を維持しなければならない競技だったり、体重別の階級制の競技だったりした場合、選手によっては食べることに罪悪感を持っていて、本当のことを言ってくれません。以前、プロを目指すバレエダンサーの研修会では、食べても大丈夫な補食を用意してティータイムをセッティングしたことがあります。お茶を飲みながらのおしゃべりから、食べてはいけないわけじゃないんだよという話をすると、徐々に打ち解けて本音が聞けるようになりました」

また、食べることは栄養素を補給するだけでなく、休息やリラックスの場であったり、コミュニケーションの場であったりもするわけで、栄養素以外のエネルギーを補給できる大切な場でもある。

「我慢や罪悪感を感じる食事がカラダにいいわけないですよね。栄養サポートにおいても、おいしく楽しく食べていただくのが基本です」

特別な食事はない。あくまでも普段の食事が基盤。

「食事の基本形」は変えずにエネルギー量を調整。

では、試合期における食事はどうあるべきなのか。公認スポーツ栄養士から見て大事なポイントを聞いていく。まず前提となる基本的な考え方から伺った。

「試合で力を発揮するためには、試合期に至るまでの普段の食事とトレーニングが基盤になります。普段のトレーニングでできなかったことが試合でできないのと同じで、食事においても試合前だけ食べ方を変えたり、いつもと違う特別なものを食べたところで、よい結果が出るわけではありません。試合前だからと変わったことをすると、かえって調子を崩すことにもなりかねません。ですから、普段の食事をもとに、試合前のトレーニング量に合わせてエネルギー量などを調整していくことが、コンディションの調整につながります」

岸氏には苦い経験もあるのだという。選手、指導者とも栄養サポートを受けた経験の少ないチームから、試合前の食事はどうしたらいいかと聞かれ、いくつかのアドバイスを返したのだが、後に試合の成績を聞くと期待に反して残念な結果だった。食事が原因とは限らないが、栄養サポートを継続して受けていなかったこともあり、アドバイスした内容が普段と違う「試合前の新たな試み」となってしまい、いつものペースを乱してしまったのではないかという危惧を岸氏は持った。ナーバスになる試合前だからこそ、普段通りが基本というわけだ。

普段の食事を改めてあげておこう。伝統的な和食の取り方である「主食」「主菜」「副菜」「乳製品」「果物」の組み合わが公認スポーツ栄養士がオススメする「食事の基本形」だ。これは一部の競技でいうところのフォーメーションに匹敵する。体調を整えるという意味では、試合の1カ月くらい前から、意識して副菜や果物からビタミン類をとるように心掛ければよいし、試合に向けて練習量を減らしていくようであれば、それに合わせてエネルギー量を減らしていけばいい。

遠征の場合は事前に計画を立て、食事をリクエスト。

食事の環境を整えることも大事だという。何故かというと、試合のために遠征する場合、どこでどのような食事をとるのかを考え、事前に計画を立てることが大切であるからだ。また宿泊先(ホテル、旅館等)で食事を提供される場合、食事の時間はトレーニングのタイムスケジュールに合わせて変更できるのか、メニューはリクエストできるのかなどを確認し、調整しておく必要がある。

「事前にリクエストを出しておけば応えてくれる施設も増えていますし、栄養サポートを行う私たちが直接、確認しながらやりとりをする場合もあります。ここでも食事の基本形を揃え、選手が自分の身体に見合った量が選択できるようにしてもらうことが大切です。ごはんの量を調節するためにおかわりができるようにしてもらったり、ビュッフェスタイルであれば、選手自身が盛り付ける料理や量を調節できるようにポーションサイズを小さくしてもらうなどのお願いをします。ホテル、旅館の場合、一般的には油を使った料理が多くなりがちなので、油を控えてもらった方がいいですね」

食中毒のリスクがあるので刺し身などの生ものはとらないのが原則だ。宿泊先や試合会場の周辺の情報もチェックしておけば、スーパーやコンビニを利用して補食を調達することもできる。特に海外遠征の場合、食材や食習慣が異なるため、事前の確認が不可欠となる。岸氏は遠征先の国の日本大使館で情報収集をしたり、関係のある商社に駐在員を紹介してもらって現地の飲食店の情報を聞いたりしているそうだ。
また、遠征に持っていく物のリストを作成することも有効だという。海外遠征にパックのごはんや即席味噌汁を持っていく選手もいるが、普段食べている食材や好物は気持ちを静めてくれ、モチベーションを高めてくれる。

「食べ物に限らず持ち物をリストアップするのってワクワクしますよね。試合前はそれが大事だと思うんです。食材が手に入るところを確認するときも、遠征先の地図を眺めてちょっと行ってみたいな、見てみたいなという場所を発見したりするとワクワクしていいと思います」

精神状態で体調も変わるだけに、食事を含めて試合に臨む環境を整え準備する、楽しみながらモチベーションを高めていくというスタンスが重要というわけだ。

試合前はエネルギー源となる糖質補給がポイント。

栄養だけでなく衛生・安全にも配慮。

試合まで1週間という試合前調整期に入ると何に気をつければいいのだろう。やはり食べ慣れた普段の食事が基本であるのは変わらない。練習量に合わせてエネルギー量を調整するのも同様だ。さらに、衛生面の配慮も大切になるという。

「ハードなトレーニングでカラダの抵抗力が低下していることがあるので、食事の前には石けんでしっかり手を洗い、移動時にはマスクを着用するのもいいでしょう。生もの(刺し身、カキ、寿司、生卵)は避けて安全な食品を選びます。海外遠征の場合は国にもよりますが、生野菜やカットフルーツ、水道水を取らないように気をつけてください」

下痢や便秘などのトラブルも予防したい。

「下痢をしやすい人は、ごはんなどの主食中心の食事を心掛け、水分補給は牛乳やオレンジジュースよりも、水やお茶、スポーツ飲料が適しています。ミカンなどの柑橘類には下痢を助長する作用があるので避けた方がいいでしょう。便秘になりやすい人は、定刻にトイレに行くことが大切です。そのうえで水分補給をこまめにしてください。便秘の場合は逆に柑橘類やジュースがオススメです(個人差があります)。お腹にガスがたまらないよう、食物繊維が多いもの(玄米、豆類、いも類、バナナなど)を控えめにします」

そして、試合の2日前~前日になると、主食多めの食事(糖質中心の食事)がいいという。

「揚げ物など脂肪の多い料理は控え、筋肉のエネルギー源となる筋グリコーゲンを蓄えるために、ごはんやパン、めんなどの主食を多めにするといいでしょう。持久系の選手の場合には、1週間前くらいから調整する方法(グリコーゲン・ローディング法)もあるので指導者の方に相談してください」

試合当日はスケジュールに合わせて糖質や水分を補給。

いよいよ試合の当日になると、競技にかかわらず、開始時刻や競技時間に合わせたタイミングで食事や補食を取ることがポイントになる。

「試合が午前か午後かで食事の取り方も変わりますが、基本的には試合が始まる3時間前までに基本形の食事をとるようにし、試合が近づくにつれて、おにぎりやパンなど糖質の多い固形物の補食から水分補給へとシフトしていきます。試合に近づくほど固形物より水分の比率を高めていくようなイメージです」

トーナメント形式などで試合が続く場合は、インターバルに合わせて補食をとることをすすめている。

「試合後に補食で素早く糖質を補給することで筋グリコーゲンを回復させ、水分補給で脱水を予防することで次の試合にいい状態で臨めます。インターバルの時間がどれだけあるかによって補給するものも変わってきます。時間が短い場合には水分補給を中心に。時間が長い場合には糖質の補給を考えましょう。糖質をとる場合には目安があります。体重1kgあたり糖質1~1.2gですから、体重60kgの人であればおよそ60gと覚えておけばいいでしょう(表1参照)」

ただし、緊張状態で無理をして取る必要はなく、食べやすいゼリー飲料(いろいろなタイプがあるが糖質がとれるもの)を利用してもいいそうだ。

試合後の食事についても聞いた。

「試合後のカラダはエネルギーをはじめ、ビタミン、ミネラルなど多くの栄養素が消費された状態ですから、それらの栄養素を補給して元のレベルに回復させることがポイントになります。なるべく早く主食中心の食事をしっかり取っていただきたいのですが、2時間以上時間が空く場合は、補食で糖質やたんぱく質を補給しておくようにしてください」

岸氏ら公認スポーツ栄養士は、指導者と連携して選手をサポートしていきたいと考えている。ぜひ要望を寄せていただきたいとのことだ。

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