東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2017/12/22

現役トップアスリートの視点!~医・科学的な観点からのトレーニングとは~

現役トップアスリートの視点!~医・科学的な観点からのトレーニングとは~

陸上十種競技の日本記録保持者である右代啓祐選手は、ワールドクラスの現役トップアスリートだ。2日間で10種目を行う十種競技は、『走る』、『跳ぶ』、『投げる』という全ての身体能力が求められる過酷な競技。右代選手はこの競技で日本記録を3度更新しているが、それは、経験と知識を積み重ねてトレーニング内容を改善してきた結果だという。医・科学的な側面も重視した右代選手のトレーニング方法や競技に対する考え方は、ジュニア世代の選手にとっても競技力向上の指針となる。

右代 啓祐

右代 啓祐(うしろ・けいすけ)

陸上十種競技 選手 スズキ浜松アスリートクラブ所属 1986年北海道生まれ。2014年に日本陸上選手権大会の十種競技において8308点の日本記録を樹立し、日本代表としてロンドン五輪やリオ五輪など国際大会に数多く出場。現役のアスリートとして世界の第一線で活躍する一方、大学院博士課程にも在学し、陸上競技におけるスポーツ科学を研究している。

主な競技成績・出場大会 十種競技:8308点 (2014年5月31日-6月1日、 日本陸上選手権大会混成競技)日本記録 オリンピック(2016年リオ、2012年ロンドン) 世界選手権(2017年ロンドン、2015年北京、2013年モスクワ、2011年テグ) アジア大会(2014年仁川〈優勝〉、2010年広州)

十種競技の勝者は「キング・オブ・アスリート」。

トップアスリートも意識する「心・技・体」のバランス。

欧米で特に人気が高く、その勝者が「キング・オブ・アスリート」「競技者の中の競技者」と称えられる陸上競技があるのをご存知だろうか。それは100m走でもマラソンでもなく、十種競技である。十種競技は、1人でいくつもの競技を行う混成競技の中でも最多の10種目を競う過酷な競技だ。競技は2日間にわたり、1日目に、100m走、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400m走、2日目に、110m障害、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500m走を行う。『走る』、『跳ぶ』、『投げる』ことができる万能な身体能力に加え、丸2日間にわたってパフォーマンスを発揮できる体力や集中力が求められることから、そう呼んで賞賛されるのだ。
日本を代表するアスリートのひとりである右代啓祐選手は、この10種競技の日本記録保持者だ。2011年の日本陸上選手権大会において、18年間破られていなかった日本記録を更新し、さらに2014年の同大会では、世界に比肩しうる8308点の日本最高得点を叩きだした。以降、世界を舞台に活躍。リオ五輪では日本選手団の旗手という大役も務めた。
そんな強靭な肉体を持つトップアスリートは、「心・技・体」の3つの要素をどう捉えているのだろう。右代選手は、トレーニングだけでなく日常生活でも「心・技・体」のバランスを意識しているという。

「心・技・体が正三角形になればなるほどコンディションが安定するという感覚を持っています。特に種目の多い十種競技をやっていると、体力も、技術も人一倍必要だし、失敗したときにリカバリーする心のコントロールも大切です。調子の悪いときは三角形のどこかがへこんでいるもの。技と体を伸ばしても心のケアが疎かだと焦りや油断からケガをしてしまうこともあります。だから調子の悪いときこそ、今の自分の状態をみつめ、へこみをなくすように心掛けて調整しています」

選手同士がお互いに高め合い、観客と一体になる競技。

単一の種目を専門とする選手であっても満足のいくトレーニングをすることは難しいのに、それが十種競技となると、単純に10倍の努力が必要だ。そんな十種競技を右代選手はなぜ続けるのか。その魅力と原動力となるモチベーションを聞いた。

「10種目には、『走る』、『跳ぶ』、『投げる』のあらゆる競技があって、それら全てを何でもできるというのが私の中では価値あるものだと思っています。また、体操の個人総合やゴルフなどとも通じる部分なのですが、1回失敗しても次の種目で挽回し、試合の展開を変えることができるんです。最後まで結果がわからないし、だからこそコンディションの維持や持久力、心のコントロールがより重要で、そういう意味では、心・技・体の全てが高い次元で整った選手でなければ勝てない競技とも言えますね」

右代選手は得意とする投てきや跳躍種目で得点を伸ばし、2日目に挽回するケースが多いという。そうした逆転劇は観客の心も惹きつける。選手と一緒に喜んだり、手拍子で応援したり。十種競技の人気が高い欧米ではそれが顕著で、まさに観客と選手が一体となって試合をつくっているという実感があるのだという。

「選手同士も応援し合ったり、励まし合ったりします。そんな場面、十種競技ならではだと思います。記録って競い合ってこそ伸びますよね。自分ひとりでは伸ばせないからお互いに高め合う。ライバル同士なんだけど、そこにはリスペクトも友情もあるし、団結力みたいなものもある。観客含め、まさにみんなでつくりあげる競技なんです」

試合後のウイニングランにもその精神が表れている。普通はメダリストだけに許されるが、十種競技では最終種目の1500m走を走りきった選手たちみんなで、お互いの健闘を讃え合いながらスタジアムをまわるのだという。

「十種競技をやっていて良かったと思う瞬間です。私はまだ世界の舞台に出るという段階にしか立てていないのですが、ここでメダルを獲ったらどんな景色が見えるのだろうと思うんです。それを見るのが私の夢で、この競技を続けている理由です」

遠くに跳ぶためには、高く跳ぶためには、
速く走るためにはどうすべきか、そのメカニズムを追求。

高校時代の地道な体づくりが混成競技の道を開く。

十種競技のワールドクラス・アスリートと聞くと天賦の才能に恵まれた選手を想像するかもしれないが、右代選手は「こつこつとトレーニングを積む」ことで十種競技を戦える身体能力を獲得してきた。中学時代は走り高跳びと三種競技の選手だったが、北海道内ベスト8で、全国大会に出られる選手ではなかったという。高校時代は走り高跳びとやり投げでインターハイのベスト8まで頑張ったが表彰台には届かなかった。
転機は高校3年にやってくる。監督から「八種競技に挑戦してみないか」と声が掛かった。
初めての種目が5つもあったために戸惑ったが、全幅の信頼を置く監督を信じて挑戦した。
結果は、北海道の高校記録をほぼ20年ぶりに塗り替え、インターハイで2位になった。これには理由がある。決められた練習メニューをこなすだけでは強くなれないと考えた右代少年は、高校入学以来、毎朝1時間の自主練習を行い、ウエイトトレーニングや走り込みで地道に体づくりに励んでいたのだ。それを監督は見ていた。

「元々身長は高く、器用な方だったので、当初から監督は八種競技をさせたいと考えていたそうです。ある程度、体ができたのを見てゴーサインを出したのだと思います」

しかし、納得できなかった。ほとんど練習のできていない種目もあり、やりきったという感覚がないまま結果だけが残ったからだ。やるべきことはまだまだある。それができたらもっと上に行けるはずだという思い。そこが右代選手の十種競技の原点になった。
もうひとつ、高校時代に得た教訓がある。けっして無理をしないことだ。

「痛いところがあるのに、まわりの選手が頑張っているからと練習を続け、骨盤を剥離骨折してしまったことがあります。2カ月以上も本練習に参加できずにショックでした。だから、ちょっとでも痛みが出たら監督やトレーナーに相談して、無理をしない範囲のメニューに変えるということは今も守っています。こつこつと継続すること、無理をしないこと、これはジュニアの選手にもぜひ伝えたいことですね」

マット運動で自分の体を操縦する方法を身につける。

大学に進み、身体面・技術面ともに着実な成長を果たすが、10種目もの競技力をさらに高め、それまでの殻を破るには医・科学的な観点を取り入れた効率的なトレーニングが必要だった。右代選手は2つのアプローチで日本記録更新と世界進出を目指した。
1つは大学院に進学し、十種競技の歴代選手の記録を遡って徹底的に分析した。自らの記録も客観的に分析し、それらを照らし合わせることで得点を伸ばすには何を強化すべきかを導き出した。苦手意識のあった跳躍種目は実は世界でも上位クラスにあり、走る種目にトレーニングの時間を割くことで記録がポンポンと伸びた。走りの記録を伸ばすためには、どの局面で最高速度に達すればタイムが縮まるかもデータを積み重ねて分析した。
もう1つのアプローチは、それまでの日本記録(7995点)を超えて8000点を出そうというプロジェクトが日本陸連のサポートで立ちあがったこと。十種競技の元日本チャンピオンである武井壮氏も臨時コーチとして2年間指導してくれた。トレーニングにいろいろな要素を取り入れていったが、中でも重点的に取り組んだのが「自分の体を操縦する」ことだ。

「例えば走り高跳びの練習で、コーチからもう少し目線を上げて腰を高くして跳んでというアドバイスをもらって、それが次の跳躍に反映できるかどうか。1回の失敗でもかなりの無駄なのに、それを繰り返せば練習の効率はとても悪くなります。そこで体をコントロールするにはどうすればいいか、つまり体の操縦方法を身につけていったわけです。練習も効率的になりますし、効率のいい体の使い方が身につきます」

もっとも効果的なトレーニングはなんとマット運動だった。最初は倒立もできなかったが、安定するポジションを取るには体のどこを意識すればいいか、重心をどう移動させればいいかを考えて癖付けていくと、倒立での前歩きや後ろ歩き、横歩きも次第にできるようになり、バク転やバク宙もできるようになった。

「例えば腕の振り方ひとつとっても、なぜそうするのか理由を見つけるわけです。遠くに跳ぶためには、高く跳ぶためには、速く走るためには、どういう振り方がよくて、どこにどういう力を加えれば効率よく体を動かせるか。そうしたことを自分で考えるようになると実際に記録が伸びたし、1つのメニューで2・3種目に効果のあるトレーニングも理論立ててできるようになりました」

ベンチプレスは腕の筋肉を鍛えるためではなく、全身を使ってどれだけの重さを上げられるかを確認するために行うから、10種目全部に生きてくる。体幹を鍛える場合も、単に体幹の筋肉を鍛えてるのではなく、体幹の果たす役割を構造的に理解し、体幹を機能させるためのトレーニングを行うという。8000点を超え、日本記録を3度も更新したのは、こうした努力と勉強の結果なのだ。

故障を防ぐこともトップアスリートの条件。

週5日の練習で今までの自分を越え、週2日のケアと休息で疲労を回復。

十種競技を極めようとすると効率を求めざるを得ず、だから右代選手のトレーニングには、全てに渡って理由がある。現在の練習時間は1日4時間から6時間だというが、その内容は極めて濃密だ。ただし練習日は週5日とし、水曜日は鍼やマッサージなどで体をケアする日、日曜日は好きなことをする休日に充てている。5日間の中身は、ウエイトトレーニングと走り込みを各2日間行い、跳躍種目と投てき種目を1日に2種目か3種目行う。5日間トータルで10種目全てを網羅し、さらに体のバランスを整えるメニューもこなし、映像を撮って効率の良い正しい動きができているかをチェックすることも欠かさない。
興味深いのは、効率を求める一方で、右代選手が「自分越え」と呼ぶ"リミッターをはずす"ためのトレーニングも取り入れていることだ。

「車に例えると、燃費を追求するだけでなく、排気量を上げることも世界で戦うには必要だと考えるからです。ここが限界だと思ったところから、さらに一歩先に行く。例えば30秒で腕立て伏せが何回できるか。30回だったら次は32回できるような体づくりを目指すとか、そういうことをトレーニングの中の随所に取り入れています。これには自分の持てる力を出し切るために心を鍛えるという側面もあります」

気をつけているのは、週2日の休みでもわかるように、疲労回復の時間をしっかりとること。効率的なトレーニングであっても、限られた時間内に様々なメニューに取り組み、目いっぱい体を使っているわけで、疲労を溜め込めばケガや肉離れ、ぎっくり腰に突然襲われる。ベテラン選手だからこそ、その怖さを知っており、それを防ぐこともトップアスリートになるための条件だということだ。

指導者は選手が何でも話せるオープンな関係づくりを。

経験豊富な現役選手の立場から、指導者と選手のいい関係を築くために必要なことを聞いた。

「信頼とコミュニケーションですね。自分のことをちゃんと見てくれているという確信があれば、選手は指導者のことを信頼できます。陸上は個人競技で孤独な部分もありますので、寄り添って見てくれて、時には厳しく指導してくれるというスタイルの指導者が私にはしっくりきました。それから中学生、高校生は自分から発信するのが苦手だし、こんなことを言ったら怒られるんじゃないかと考える選手も多いと思います。どんな事でも言えるようなオープンな関係や雰囲気を作ることが大事で、それは指導者の側でそうすべきだと思います。世界を見ても、陸上に限らずいろんな分野を見ても、うまくいっている人はコミュニケーションが上手です。選手もジュニアの時代からいろんな機会を利用して、積極的にたくさんの人と話をするようにしてほしいですね」

ワールドクラスの選手になると言葉の壁を越えたコミュニケーションも重要になってくる。右代選手も、初めての世界大会では言葉が通じないために孤独を感じたと言い、毎年一人で海外合宿を行うようになった。外国の選手とコミュニケーションをとれるようになると、海外でも日本と同じように気持ちよく競技ができるようになったという。
最後に、東京五輪でのメダル獲得を目指して挑戦を続ける右代選手から、ジュニア世代の選手たちへのメッセージ。

「私自身、これまでにたくさんの失敗や挫折を経験してきました。みなさんもいろんな壁に直面していることでしょう。でも決して投げ出さず、出口を探して行動してください。誰かに相談して見つけるのもひとつの方法だし、自ら調べてヒントを見つけるのも良いと思います。まず何かを始める、動き出す。そうすれば必ず以前より成長した自分に出会えます。人生はその連続。強くなるために、練習だけではなく、いろんなことを学んで成長してほしいと思います」

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