東京2020オリンピック・
パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2022/01/17

日本代表選手の体力を向上する ストレングス&コンディショニングとは。 ~トレーニング指導で大切なこと~

日本代表選手の体力を向上する ストレングス&コンディショニングとは。 ~トレーニング指導で大切なこと~

競技力向上のため、競技の練習に加えてウエイトトレーニングを導入するアスリートが近年増えている。パワー系競技だけでなく、持久力系競技や球技系競技のアスリートたちも取り組む。しかし、各競技や選手個人に求められる体力要素を見極め、適したエクササイズを正しく実施しなければ簡単にはパフォーマンス向上には結びつかない。今回は、国立スポーツ科学センターで日本代表選手や強化選手のトレーニングを長年サポートされている田村尚之氏に、トレーニング指導で大切なことを体験ベースで語っていただいた。

田村 尚之

田村 尚之(たむら なおゆき)

国立スポーツ科学センター(JISS) スポーツメディカルセンター コンディショニング課 主幹

965年東京生まれ。東海大学工学部卒業。京王スポーツクラブインストラクター、オンワード・スカイラークス(アメリカンフットボール)ヘッドストレングス&コンディショニングコーチ、富士通フロンティアーズ(アメリカンフットボール)ヘッドストレングス&コンディショニングコーチなどを経て、2001年全日本女子柔道ストレングス担当および国立スポーツ科学センター研究員に。北島康介選手をはじめとする競泳選手やアーティスティックスイミング選手のトレーニングサポートを重ね、08年より同センター専任トレーニング指導員。 〈資格〉 ・日本トレーニング指導者協会(JATI) 特別上級トレーニング指導者(SATI) ・NATIONAL STRENGTH AND CONDITIONING ASSOCIATION(NSCA)   Certified Strength and Conditioning Specialist(CSCS)/Certified Personal Trainer(CPT)

自身のトレーニング経験とS&Cの知識が
誰かのパフォーマンスや健康向上に役立つ喜び。

スポーツをあきらめないためにトレーニングを開始。

 日本の国際競技力向上の中核拠点である国立スポーツ科学センター(JISS)では、国際競技力向上につながる体力強化のための支援も実施しており、田村尚之氏は2001年のJISS開設当初から、ウエイトトレーニングを含むストレングス&コンディショニング(S&C)のサポートを行ってきた。競技のパフォーマンスを最大限に高めるためには、筋力はもちろんのこと、柔軟性や持久力などあらゆる体力要素に配慮したトレーニングを検討し、準備をしなければならない。JISSには、そのためのトレーニングルームやリハビリテーション室が設けられており、田村氏をはじめとするトレーニング指導員がアスリートごとにトレーニングプログラムを作成・指導している。

 田村氏が、身体的な機能を整えるS&Cの指導者となった原点は、自身の故障体験に遡る。野球をやっていた中学時代、過度な練習で股関節を痛め、骨頭壊死につながりかねないとドクターストップがかかる。しかし、田村氏はスポーツを諦めなかった。大学で再びスポーツを始められるようにと、高校3年間を地道な体づくりの期間としたのだ。

「ケガの原因やトレーニングのやり方も高校生なりに勉強しました。また故障しないように骨を支える筋肉をしっかり鍛えようと、こつこつトレーニングに取り組みました」

 身体の発達時期とも重なり、努力しただけ筋量が増えて逞しくなった。そして、大学に入るとトレーニングジムにも通うようになり、その延長で体づくりそのものを競い合うボディビルを本格的に始めた。卒業してメーカーに就職したが、好きなボディビルを継続するため、トレーニングジムのインストラクターに転職。すると、自分の経験や知識を活かしながら、利用者それぞれの目的に沿ったトレーニングサポートをすることに喜びを感じるようになり、S&Cの国際的な組織であるNSCAのライセンスを取得。解剖生理学やバイオメカニクス、トレーニング科学、栄養学などの必要な知識を学んだ。

「プロの競輪選手から、趣味のスポーツをもっと上達したい方、健康のために血圧を下げたいという高齢者まで、ジムに通う人たちの理由は様々で、そうしたニーズに応えようとして勉強の範囲が広がりました。最初は関節に大きな負担がかからないように運動負荷をかけるにはどうするのがいいのかなど、筋骨格系の観点から見るのが得意でしたが、エネルギー供給系や柔軟/バランス系など、専門分野の知識が広がるにつれて処方できるトレーニングプログラムが広がっていきました」

社会人アメリカンフットボールチームの70名に
個々の特性に応じたトレーニングプログラムを処方。

 競技スポーツの現場への興味が高まる中、転機がやってきた。アメリカンフットボールの社会人チームでストレングス&コンディショニングを指導するコーチをやらないかと声がかかった。パワー系を代表するような競技。ボディビルと重なる部分も大きいと引き受けたが、それほど単純なものではなく、最初にアメリカンフットボールのようなバラエティーに富んだスペシャリストの集団に携われたことはとても勉強になったという。

「アメリカンフットボールはとてもシステマティックなスポーツです。ゲーム運びだけでなく選手の役割分担も明確で、ポジションごとにプロフェッショナルがいるのです。足が速くなければいけないポジション、ボールを投げるのに特化したポジション、相手にぶつかったり制止したりするポジション、素早い動きで相手に対応しなければいけないポジションなど、求められる運動能力が特化しています。ですから、ポジションごとに異なる体力要素を強化していくトレーニングプログラムが必要なのです」

 最初はポジションごとにトレーニングプログラムを処方していたが、田村氏はさらに選手個人の特性を見極めながら、一人ひとりに適したトレーニングプログラムを処方するようになった。当時70名もの選手それぞれの課題を考えながら個別のプログラムを作成したことが現在の仕事のベースになっている。また、それまでやったことのなかった故障した選手の復帰支援にもS&Cコーチとしての手応えを感じたという。

「激しい競技なので、膝前十字靱帯を損傷する選手が毎シーズン、2~3人出てしまうのですが、再建手術から復帰するまでには1年ほどかかります。その間、選手はチームの練習から離れ、ほぼ私とマンツーマンでリハビリテーションやトレーニングをする日々になります。朝から晩まで顔を付き合わせていると、引退とかを考えてしまう選手の相談も受けるようになるのですが、こうすれば復帰可能だと励ましながら一緒に取り組むわけです」

 田村氏は、練習できない期間をトレーニングに集中できるチャンスと捉え、運動能力の維持ではなく、しっかり強化できるプログラムを選手に課して指導した。

「逆境にもめげず、しっかりトレーニングに取り組む選手にはできるだけ力になってあげたいし、復帰戦でその選手が活躍してくれると、苦労を知っているだけに共感してうれしくなりますね」

競技パフォーマンスを最大限に発揮するため
様々な体力要素に目を向ける。

ウエイトトレーニングだけでは
パフォーマンスは向上しない。

 田村氏は、ウエイトトレーニングのコーチではなく、ストレングス&コンディショニングのコーチとして歩んできた。ストレングスとは、筋力、パワー、筋持久力をはじめ、スピードが関わる体力要素をトレーニングによって向上させること。コンディショニングは、筋機能に加えてバランスや柔軟性そして全身持久力などを指す。競技パフォーマンスを最大限に発揮するための様々な要素にアプローチして身体的な準備をすることだ。従ってウエイトトレーニングはストレングスに含まれ、S&Cはもっと広範な視野でアスリートを支えているわけだ。ウエイトトレーニングだけに偏っていては、肝心の競技パフォーマンス向上に結びつかないことが多々あると田村氏は言い、アメリカンフットボールのこんな例を挙げてくれた。

「プレーが開始される際、攻撃側の最前線で手をついてセットし、ボールがクォーターバックに手渡された瞬間に立ち上がり、相手の攻撃をブロックするオフェンシブラインというポジションがあります。立ち上がりが遅いと相手に潰されてしまうので、オフェンシブラインの選手にとっては、まず手をついた状態からいかに素早く立ち上がるかが重要な要素の一つです。立って、構える。それだけの単純な動作なのですが、どうしても遅い選手がいました」

 立ち上がる動作ではどんな筋力を使うのか。まず、下半身の筋力および腰回りの筋力、さらに頭や胸郭を持ち上げるので背筋も必要だ。下肢の伸展パワーと背筋力が身につくエクササイズとしては、バーベルを担いでのスクワットがトレーニングとして考えられる。しかし、やらせてみるとスクワットは何の問題もなくできた。

「そこで彼の試合中の動きをじっくり観察してみました。すると、手をついたときに腰が丸くなってしまっていたのです。丸くなるといくら下肢が強くても背骨で力を吸収してしまって起き上がるタイミングが遅くなる。背骨に負担がかかるのもよくありません。さらに、なぜ腰が丸くなるのだろうと考察すると、その選手は腿の後ろのハムストリングスが非常に硬いことがわかりました。ハムストリングスは骨盤の下(座骨)にくっついていますから、股関節が深く曲げにくくて骨盤が前に倒れない(腰が丸まりやすい)のだとわかりました。スクワットをしたときはウエイトの重さでハムストリングスが伸びていたのかもしれません」

 手をついても腰が丸くならないようにする。そのためには筋肉を柔らかくしなければならない。ではどうすべきか。処方としては、筋力を上げるウエイトトレーニングではなく、腿裏の筋肉を柔らなくするためのストレッチを毎日行うこと、となる。柔らかくなれば腰が入る(良いポジションに入る)ようになって動作が素早くなるというわけだ。

「筋力やパワーの強化だけではなくて、柔軟性が落ちている筋肉があれば柔軟性を回復してあげることも必要だし、柔軟性が身につくことによって関節の可動域が広がり、いいパフォーマンスができる人もいるわけです。あるいは、動作に癖があるような選手だと、よく使う筋肉とあまり使わない筋肉に分かれてしまい、バランスが悪くなっていることがあります。その場合、動かすのが不得意な筋肉を使わなくてはいけない動作があると、うまくできないなど機能性の低下がみられます。機能性を向上するようなプログラムが必要になります」

 競技によって、ポジションによって、選手によって実に様々なケースがある。ウエイトトレーニングが効果的な場合もあれば、そうではないケースもある。動作や現象から原因や課題を見極めて、正しいトレーニングを処方する。それがS&Cコーチの役割だ。

伝統の否定ではなく、もっとよくするための助言として。

 選手の可能性を大きくするのがS&Cだが、そうした最新のスポーツ科学に基づいたトレーニングの必要性を否定する競技や指導者も存在する。田村氏は全日本女子柔道のストレングスを担当した経験があるが、すぐには受け入れられなかったという。

「柔道は伝統を重んじる競技。先人たちがそれまでに築いてきたやり方があり、そのやり方でメダルを獲得してきた実績もあります。しかも、当時のナショナルチームの合宿というのは体力の強化を図ることより、普段稽古できない相手と乱取りを組むなど技術的な練習に主眼が置かれていました。ですから、ストレングスを導入していきなり練習の内容が変わったということはまったくありません。最初は故障した選手のためにリハビリのプログラムを処方したり、稽古の中でやっている腕立て伏せや腹筋のやり方について意見を聞かれた際に、今はもっと効率のいいエクササイズがあることを紹介するなど、地道にサポートを続けました」

 もどかしい思いもあったが、理解が得られていない指導者に対して、メリットばかりを伝えることはできないという側面もある。

「こういうトレーニングをすれば競技力が即座に向上するということはないし、ウエイトトレーニングなどは効率がいい分、ダメージも大きいので身体を休ませる必要があります。そうすると競技練習の時間を減らさなければいけないシチュエーションも出てくるわけで、練習とトレーニングを全体として捉えてプラスの効果が得られるということを理解してもらわなくてはなりません。それはなかなか難しかったですね」

 少しずつ効果を実感してもらっていると、チーム練習の際のウォーミングアップを任せてもらえるようになったり、合宿後に個々の選手からトレーニングプログラムの作成依頼が寄せられるようになった。トレーニングは無理に押しつけても続かない。競技レベルにかかわらず、「役に立ったと思っていただくことから始める」ことが大切だ。

JISS開設当初から競泳の北島康介選手をサポート。
アテネと北京五輪での2種目2連覇に貢献。

筋力やパワーの向上を目指しながら
柔軟性や可動域の変化にも着目

 2001年、国立スポーツ科学センター(JISS)の開設と同時にトレーニング指導員となった田村氏のもとに、競泳日本代表の北島康介選手が所属する東京スイミングセンターの平井伯昌コーチからトレーニング依頼が入る。

「平井コーチが体力強化に興味を持たれていて、独自に取り組んではいたのですが、トレーニングの専門家に一度みてもらいたいということで、北島選手や中村礼子(アテネ、ロンドン銅メダリスト)をはじめ10名ほどの選手をサポートすることになりました。後にロンドン五輪でメダリストになった上田春佳選手もいて、まだ中学生でした」

 競泳も伝統競技のひとつ。ドライランドと呼ばれるプールサイドでの腹筋や懸垂、チューブを用いたエクササイズが主なトレーニングで、強豪チームもウエイトトレーニングは取り入れていなかった。ウエイトトレーニングをすると身体が重くなって沈んでしまうとか、動作が緩慢になると言われていたからだ。当然、田村氏も競泳選手の指導は初めてだった。

「平井コーチも北島選手も、競泳に関して経験のなかった私のためにハードルをすごく下げてくれました。この際、競泳に関係のない筋肉がついてもいいから身体を大きくしたいという要望で、それだったら私も自信がありますというところから始まったのが結果的によかったのだと思います」

 その前年、北島選手はシドニー五輪で惜しくもメダルに届かず、海外選手との体格差を痛感。競技に適したパワー云々以前に、とにかく筋肉量を増やしたいと考えていた。測定すると北島選手の下半身は陸上のジャンパーと同じくらい強いけれど、上半身はそれほどではなく、上半身強化で水を掻く力が増ませばパフォーマンスが伸びるのではないか。

「ですから最初は除脂肪重量(筋量)が増えるようなプログラムを立ててウエイトトレーニングを始めました。すると平井コーチから、練習の中でこういう動きをさせたいけれど上手くできなくて困っているというような相談があり、それをきっかけにトレーニングの内容が少しずつ的確なものへと進化していきました。エクササイズの動作というのは比較的単純な動作の反復ですから、長年指導をしているとわずかな変化にも気がつきます。競技中の一瞬の動きではわからない故障や変調に繋がる前兆が見えてくるわけです。それがコーチから聞いていた情報と合致すると、なるほどそれは、ここの筋肉の柔軟性が落ちているからだとか、ここの関節の可動域が出ていないからだとか、原因を探求することができます。それをコーチと共有できれば、例えば練習の前にこういうストレッチをやると競技の中でこういう動きができるようになるかもしれないと助言することもできるわけです。そういうやりとりをしながら進められたことがよかったのではないかと思います」

 筋量が増え、パワーが向上したことはもちろん大きな要素だが、柔軟性や可動域などにも目を配って対処したことでバランスもよくなり、パフォーマンスが伸ばせたのではと考えられた。2004年のアテネ五輪で北島選手は100mと200mの平泳ぎで金メダルを獲得している。

故障しないようにコントロールすることで2連覇を達成。

 続く2008年の北京五輪においても北島選手は100m・200m平泳ぎで金メダルを獲得。2種目2連覇の偉業を達成した。

「アテネの金メダルが筋力とパワーの向上で獲れたのだとすると、北京の金メダルはコントロールの勝利だったと思います。厳しい練習を長年続けているとケガや故障が発生しがちで、北島選手にもその傾向がありました。例えば肩に痛みを感じたら、人は痛くないように肩をかばうのでいつもと同じ動きになりません。しかし、それでも同じように動かそうとすると、どこかの筋肉に負荷がかかります。それが競技者の場合は尋常ではない回数反復されると、ある日爆発して明らかな故障が発生、練習ができなくなります。そうならないようにトレーニングやウォーミングアップの中でケアしながら、故障に至らないようにうまくコントロールをしてあげる。結果的に北島選手はケガのために練習時間を削ることがなかったし、パフォーマンスを落とすことなく北京五輪に臨むことができました」

 JISSでトレーニング指導を受けたいという選手は五輪を経るごとに増加。競泳では、寺川綾選手をはじめとする上田春佳選手、加藤ゆか選手のリレーチーム、金藤理絵選手、松田丈志選手、萩野公介選手らがメダルを獲得している。

その選手の本当の課題は何か。
真実を見極めないとその後の全てが間違う。

選手やコーチの言葉は鵜呑みにせず、真実を見極める。

 田村氏が、S&Cのプロフェッショナルとして常に留意していることは何か。それは『真実』に近づくことだという。

「選手から課題および問題だと思っていることを聞き、コーチからも意見を聞きます。すると、けっこう考えが違っていたりします。錯覚している場合も多いのです。だから私は選手の言葉もコーチの言葉も鵜呑みにはしません。各体力要素のデータをしっかり取ったり、高速度カメラの映像で動きも分析したりして、真実は何なのかを見極めます。その判断を間違うとその後のトレーニングが全部間違ってしまいます」

 そして、トレーニングプログラムを作成したら、誤解のないようにプログラム作成に至った経緯を理解してもらう。

「測定や分析の結果はもちろん、その競技に必要な動作の成り立ちをタブレットの解剖3Dモデルも見せながら、あなたの場合はここが問題だと考えられるから、こういうエクササイズを、こういうところに気をつけて行ってくださいと、しつこいくらいに説明します。プロが持っているやり方を使えば、あなたの好きな競技がもっとうまくなる、パフォーマンスが向上する。大切なのは、自分のためにプラスになるということを理解してもらうことだと思います」

特効薬のように効くトレーニング方法はない。

 また、S&Cの専門家ではない監督・コーチがウエイトトレーニングなどを導入する場合、ぜひ気をつけて欲しいことがあると田村氏はアドバイスする。トレーニング方法を学ぶ講習会の利用の仕方についてである。

「講習会に参加することはトレーニングの知識を得るために有効な手段なのですが、このトレーニングのやり方はスピード向上に有効ですとか、ジャンプ力の向上に効きますというふうに、あるトレーニング方法がたちまち効く特効薬のようなイメージで扱われている場合があります。スピードやジャンプ力が足りない場合、どんな体力要素を伸ばせばいいかは選手個々で異なり、アプローチはひとつではありません。こんな方法もあるのかと選択肢に加えてもらえればいいのですが、短絡的にこれさえやらせておけばいいのかと過信・妄信するのはよくありません。ぜひ懐疑的な見方をもって取り組んでほしいと思います」

 まず大切なのは、上記で述べたように真実(真の原因)を追求する姿勢。それが見極められれば的確なアプローチも絞れてくる。

ケガを防ぐためにはわずかな変調も見逃さない。

 トレーニングプログラムを処方したら、現場での指導も重要である。効果的なエクササイズができるように動作・姿勢の注意点を具体的に指示するためと、トレーニング中のケガを防ぐためだ。教訓になっている出来事が田村氏にもある。

「上田春佳選手がクイックリフトというエクササイズ中に腰を傷めたことがあります。直前に彼女を見ていて、腰のアーチがいつもよりほんの少し後弯していると感じたので注意しました。選手自身は腰のアライメントが取れていないという自覚はなく、普段通りに上手くできていると思っていたようです。しかし、私が他の選手を見ていたときに故障が発生しました。いつもと違う徴候を見つけていたのに、注意だけしてそのまま続けさせてしまったことをとても後悔しました。止めさせて入念にチェックをすべきでした」

 選手は無理をしがちなだけに、微妙な変化を見逃さず、ストップをかけられるのは指導者だけだ。トレーニングマシンの使用にも注意を呼びかける。

「トレーニングマシンは動作の軌道が決められていますから、フォームが崩れにくくて安全だと思われていますが、過信してはいけません。ヘルニアを懸念してフリーウエイトのスクワットではなくマシンでのレッグプレスを用いてトレーニングする指導者がいますが、レッグプレスだったら腰を痛めないかというとそんなことはありません。ウエイトのかかった脚が曲がりすぎると尾骨がシートから浮いて腰が丸くなるので危険性はあるのです」

S&Cは競技パフォーマンスを向上し
選手生命を長くする最良のツール。

VBTなど先端のトレーニングをいち早く導入。

 JISSは、国内外の先端的なスポーツ医・科学の研究成果を取り入れながらトップアスリートの国際的な競技力の向上を目指している。東京五輪に向けた強化期間でのストレングス分野のトピックとしては、VBT(Velocity Based Training)の導入があった。動作スピードを計測しながら行う新たなトレーニング法だ。

「例えばスクワットの強度を示す場合、これまでは100kgを3回持ち上げることができましたで終わっていたのですが、10秒かけてやっと1回持ち上げられる選手と5秒で持ち上げられる選手が同じ能力かというと違います。競技では、短い時間で持ち上げられる方が望ましい場合が多い。なので、今では動作スピードをうまく利用しながらトレーニングするようになっています。マシンのバーに特別なセンサー(スマートフォンに搭載されているような)を付ければ動作のスピードや加速度が測れます」

 VBTの効果は科学的にも広く検証されているという。

「筋肥大のトレーニングは10RMとか15RMとか反復ギリギリ可能な強度にして、それを限界までやり込むとトリガーが入って筋肥大に結びつきやすいことがわかっています。しかし、その反面、疲労困憊するまでやってしまうと筋肉が疲れて神経と筋のつながりを強化できなくなるので、最大筋力を高めるためにはギリギリまでやってはいけないということもわかっています。では、そのギリギリとはどの程度なのか、それが明確ではなかったのですが、VBTでその指標ができました。動作スピードを見ることによって、ここまで数値が低下したらそのセットはそこで中止したほうがいい、ということがわかるようになりました」

 VBTによって、より効率的なトレーニングが可能になり、大きな変化をもたらした。

「セット数は変わりませんが、レップ数が減り、トータル挙上重量も減ります。それでも得られる効果は以前と同じなので、ウエイトトレーニングの時間削減および疲労軽減につながります。最大筋力を高める時期というのは、パフォーマンスを高めていかなければならない時期でもあるので、相乗効果として練習にそれだけ集中できるようになりました。これは画期的な進化だと思います」

行動制限下も工夫しながら選手の体力強化をサポート。

 東京五輪は開催が1年延期となった。様々な制限に選手はもちろん指導員も苦慮した。

「選手にとって一番大きかったのは試合ができなくなったことです。試合までの準備や試合中の力やペースの配分、気持ちのつくり方など試合勘のようなものは試合でしか得られません。私たち指導員にできるのは、体力面、コンディショニングでのサポートです。直接は会えなくても、この時期までに最大筋力をここまで高めなければいけないので、その前までに筋肥大に取り組みましょうなど、体力要素を向上するために段階的な目標を設定し、そのためのトレーニングプログラムを提案しました。また、マシンを使わなくても強度を高められるようなエクササイズ、自宅でも可能なエクササイズ、公園や河原などでできるエクササイズも考案。集合住宅に住む選手のために音を立てないでできるエクササイズを考えた指導員もいます」

 計画に沿って身体づくり、体力づくりに取り組み、段階を経て目標をクリアしていければ、それが心理的な安定や自信につながったのではないかと田村氏は振り返る。

ウエイトトレーニングなんて必要ないという
監督やコーチこそS&Cにチャレンジしてほしい。

 最後にあらためてS&Cによるトレーニング導入の効能を聞いた。

「私自身もそうでしたが、ケガで競技が続けられなくなったとか、もう少し筋力や体力があればスポーツを続けられたのにということが往々にしてあります。体力は全てのスポーツの基盤です。その基盤を強くすれば、今まで芽が出なかった選手であっても花を咲かせられるようになるし、競技生活を長く続けられるようになります。本気で好きなスポーツだから、より高度な次元でパフォーマンスしたい──。S&Cは、そんな選手の願いをかなえる有効な手段です。監督やコーチも、自分が経験していないからという理由で避けるのはもったいないと思います。ぜひ目を向けて、その良さを知ってもらいたいと思います」

 田村氏らJISSのトレーニング指導員たちは、北京冬期五輪の最終準備に入っており、パリ五輪を視野に入れた強化が始まっている。

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