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パラリンピック競技大会を終えて

世界で活躍するアスリートの育成に向けた
スポーツ医・科学的サポートの可能性

2021/09/29

スポーツ動作のメカニズムを知れば 上手くなるための理にかなった指導ができる。~バイオメカニクスの果たす役割~

スポーツ動作のメカニズムを知れば 上手くなるための理にかなった指導ができる。~バイオメカニクスの果たす役割~

スポーツ医・科学の進展に伴い、体をいじめるだけの追い込み練習など「古い時代の指導スタイル」が近年変わりつつある。若者世代の意識も大きく変化。練習やトレーニングの内容について競技力向上につながる理由や根拠がなければ、指導者は選手から信頼を得られなくなってしまう。そこで今回は、スポーツ動作の上手さ、器用さ、巧みさの獲得に貢献する「バイオメカニクス」に着目。バイオメカニクス研究の第一人者で、実際の練習への応用を提案してきた深代千之氏に、指導者に知っておいてほしいことを聞いた。

深代 千之

深代 千之(ふかしろ せんし)

日本女子体育大学学長 東京大学名誉教授、(一社)日本体育・スポーツ・健康学会前会長、日本バイオメカニクス学会前会長。

鹿屋体育大学、(財)スポーツ医・科学研究所、東京大学大学院総合文化研究科等を経て現職。トップアスリートの動作分析から子どもの発達段階に合った運動能力開発法まで幅広く研究する、日本のスポーツバイオメカニクス研究の第一人者。

万人に共通するスポーツが上手くなる法則とは。
力学的な観点からスポーツ動作の本質に迫る。

感覚は人それぞれでも動きの本質はひとつ。

 バイオメカニクスとは、身体の構造や機能を元に動きについて力学的な観点から解明しようという学問である。整形外科やリハビリテーションの分野でも機能回復を目的に研究されているが、スポーツの分野ではパフォーマンス向上を目指して活用されており、スポーツに特化したバイオメカニクスを「スポーツバイオメカニクス」と呼んでいる。深代千之氏は日本におけるスポーツバイオメカニクスのパイオニア的存在。研究の発端は自らのアスリート体験に遡る。

「私は跳躍の選手でした。競技をやっていれば、どうしたら高く跳べるのか、遠くへ跳べるのかを考えます。でも当時はいくら本や論文を調べてもこれだという情報はありませんでした。あの選手はこういうトレーニングをしていたとか、見た目ではこういうふうに跳んでいたという感覚的なものばかりで、それを真似しても記録が伸びるとは思えませんでした」

 走る、跳ぶという人間の動作は、100人いれば100通りの感覚があり、それを言葉で語っても他人には伝わらない。しかし、その動きの本質はたったひとつのはず。それを知りたいという欲求が高まり深代氏は大学院に進んだ。

「同じコップの水を見ても、まだこれだけあるという人もいれば、もうこれだけしかないという人もいます。私はそういうあやふやな表現ではなくはっきりさせたい性分。ですから答がきっちり出る理系の手法、中でも"力学"を使ってスポーツをするときの動きの本質を解明しようと考えました」

 それまでのスポーツ科学では視覚情報つまり身体各部の位置情報を頼りに動きを考察していたが、深代氏は力(加速度)の次元である関節のトルクに焦点を当てて研究。ハイスピードカメラやモーションキャプチャシステム、各種センサーや筋電図などの機材を用いて多くのアスリートの動きを測定。各回転部(関節)のトルクを算出し、動作を行う本人がどのタイミングでどの関節にどれくらい力を出して動作を構築しているかを解析した。すると位置情報ではわからなかった世界が見えてきた。

腿を高く上げても速く走れない。
股関節を中心に脚全体を素早くスイングさせれば速く走れる。

 速く走るためにはどういう動作をすればいいのか、深代氏は世界で初めて解き明かした。

「それまでは腿を高く上げろと指導されていました。確かに短距離走の速い選手を見ると腿が高い位置まで上がっていることが多いのですが、バイオメカニクスの研究によって、それは結果論に過ぎないことがわかりました」

 柱時計の振り子をイメージすればわかる。振り子が左右に振れる振れ幅を大きくしようとするとき、どこで振り子に動力を加えているかというと実は振り子が下がるとき。その慣性によって結果的に振り子は反対側に上がって振れ幅が広がるのだ。

「速い人は、脚を後ろから前へと振り出す瞬間に股関節に最も力が入っていて、その後は力が抜けています。速く走っている人の大腿は結果的に上がっていただけなのです。そういうことがわからずに見た目だけで大腿を高く上げようとすると、大腿が上がっていくときに力を入れてしまうのでタイミングがずれて(つまり遅れて)速く走れません。また、脚で地面を蹴るときも最も力が入っているのは脚を下ろす瞬間です。脚が地面を蹴るときに力を入れたのでは遅いということになります」

 動力源としてどの筋肉を使っているかも明らかになった。脚を前に降り出すときに最も使うのは腸腰筋。足を後ろに蹴り出すときに最も使うのは大殿筋である。これらは股関節を伸展、屈曲させる筋肉で、股関節を中心に脚全体を動かしていると言える。

 こうした事実をまとめると、走るという動作は、股関節を前後に振り子のように動かす、股関節を中心としたスイング動作であり、従って速く走るためには、腸腰筋や大殿筋を使って股関節を速く動かすことが大事だということがわかった。これこそ万人に共通する法則。走るというスポーツ動作の本質なのである。

 実際、速く走るためのポイントが解明されたことで、日本の陸上競技は大きくレベルが向上して層が厚くなった。その結果、男子400mリレーではオリンピックや世界選手権で決勝に進み、メダルに手が届くまでになった。

「昔は苦しければいいというトレーニングが普通に行われていました。水を飲んではいけないとか、筋肉を冷やすといけないとも言われました。しかしスポーツ科学によってそれらは間違いだとわかり、今では逆のことが言われています。走る動作の常識も変わり、"股関節で走る"ことも広く知られるようになりました」

走る、跳ぶ、投げる、打つ、蹴る。
全てのスポーツを基本動作の構成で見直す。

基本がブレると動きが不安定になってスランプに。

 オリンピックを見てもわかるように、スポーツの競技種目は実に多岐にわたっている。しかし、スポーツバイオメカニクスの視点から捉えれば、どんな競技もいくつかの基本動作とその組み合わせから構成されている。先に紹介した「走る」以外に、「跳ぶ」「投げる」「打つ」「蹴る」などがある。どんなに複雑な動きをしているようでも、その動きを分解すれば基本動作の融合なのだ。スポーツ動作の上達にはそれらの動きへの理解が欠かせないと深代氏は言う。

「プロのスポーツ選手がスランプに陥ったとき、基本に立ち戻るという話はよく聞きます。また、練習やトレーニングの最初に基本の動作を確認するメニューを取り入れている選手もたくさんいます。これは基本動作がブレているといくら練習を重ねても不安定な動きになってしまうからなのです」

 以下、走る「以外」の基本動作の原理を概説しよう。

スポーツ競技を構成する基本動作のメカニズムとは。

[跳ぶ]
 跳ぶ動作は大きく2つに分けられる。垂直跳びのようにその場で跳ぶ動作と、走り幅跳びのように助走して跳ぶ動作である。
 
 その場で跳ぶ場合、直立姿勢から膝を勢いよく曲げて体勢を低くし、素早く切り替えして跳ぶと、より高く、遠くへ跳ぶことができる。感覚的に誰もが知っていることだが、そのメカニズムのポイントは、腸腰筋やハムストリングスなどの筋肉及びその筋肉と関節をつなぐ腱が、一度引き延ばされてから収縮することで、より大きな力を発揮することにある。筋肉は急激に伸ばされると、切れてしまわないようにと反射的に脳ではなく脊髄から縮めという指令が送られる(伸張反射)。また、腱はゴムのような特性を持っており、勢いよくしゃがんで伸ばされると一気に縮む。単純な跳ぶ動作にも2つ原理が働いているのだ。

 助走して跳ぶ動作のメカニズムはどうか。助走で蓄えた水平方向の運動エネルギーを踏みきりで上方に転換するという一連の動作の中で、ポイントは踏み切り時にある。踏み切り脚に上記の跳ぶ動作の原理が働くのに加えて、脚や腕の振り込み、振り上げの動作により体全体をダイナミックに使うことでより大きな力を生みだしている。

[投げる]
 オーバーハンドで投げる動作ができるのは人間だけである。進化の過程で四足から二足歩行になり、それによって肩甲骨の位置が背中に移り、肩の関節を回せるようになったからだ。右投げのピッチャーの投球動作を順に見ていくと、まず左脚を前に踏み出して左肩を前に出す。同時に右腕を後ろに引き、その腕を後ろに残したまま腰を捻り上体を前に引き起こす。そして肩、肘、手首が少しずつ遅れながら上体についていくが、ある時点で肩が上体を追い越し、肘が肩を追い越し、手首が肘を追い越していく。ポイントはこの腕の振り方だ。原理はムチを振ると先端に行くほどスピードが速くなるのと同じ。脚による身体の前方向への移動と上体の捻りで生じたパワーがムチ動作により腕の末端部へと伝わっていくほどに速度が増し、ボールを速く投げることができる。

[打つ・蹴る]
 打つ動作と蹴る動作は一見すると違った動きのようだが、バイオメカニクス的には同種の動作である。バットやラケットが足部に置き換わるだけだ。打つ動作はバットやラケットを大きくテイクバックしてから行うのに対し、蹴る動作は大きくステップして踏み込むことから始まる。いずれも体幹を捻って反動をつけ、体幹を捻り戻すことによって大きなパワーをつくりだす。そのパワーは、投げる動作と同じように末端のバットやラケット、あるいは足部に伝えられ、打つ・蹴る瞬間に集中する。ポイントは体幹を捻り戻す際、肩を中心とした上半身を、腰を中心とした下半身より少し遅れて回すこと。その捻りが体幹のパワーを生みだす。

全てのスポーツ動作の極意、
それは3つの動きを体幹を使って行うこと。

昔からいわれる"腰のキレ"は"体幹"だった。

 スポーツバイオメカニクスの研究が進んだことで、アスリートや指導者はスポーツ動作のメカニズムを客観的かつ論理的に知るようになり、より効率的な身体の使い方や卓越した巧みな動きを習得できるようになってきた。

「身体と動きのメカニズムを学び、その本質まで理解を深めることは、無理や無駄のない練習・トレーニングにつながります。ケガの防止にもつながりますから、とりわけ成長期のアスリートを指導する上でバイオメカニクスの知識はとても大切です」

 さて、ここまでスポーツ競技を構成している基本動作を紹介したが、実はこれらの基本動作には共通する"動作の素"ともいうべき、さらなる本質があることを深代氏は見出している。それが次の3つである。

・反動
・捻転
・ムチ動作

 そして、この3つの動作のパワーを生みだしているのが、"体幹"だということを明らかにした。
「ダイナミックな運動の素は実はたった3つです。これら3つの動きを身体の中心である体幹を使って行うことが、全てのスポーツ動作の極意なのです」

 コアとも言われる体幹。今でこそ「全ての基本である体幹を鍛えましょう」などと一般的に使われているが、そもそもはバイオメカニクス研究の成果によって知られるようになった言葉なのだ。

「昔から"腰を入れる"とか、"腰のキレ"といった感覚的な表現が使われてきましたが、それが体幹のことだったのです。腰(=体幹)から動作を起こすと、楽に上手く運動が行えることを先人たちは経験知としてわかっていたのです」

 だが、言葉だけが広まってしまった感があり、体幹がなぜ重要なのかを筋道立てて説明できる人は意外に少ないのではないだろうか。

反動、捻転、ムチ動作の3つが
ダイナミックなスポーツ動作を生み出す。

 3つの動作の素が基本動作にどのようにつながっているかを知れば、体幹の重要性も理解できるだろう。

[反動]
 反動とは、ジャンプする前に一度しゃがみ込んだり、ボールを投げる前に腕を後ろに引いたりする動作のこと。

 反動を使うことで筋肉や腱の力をより効果的に働かせることができる。跳ぶ基本動作の概説で述べているような筋肉の反射機構と腱の性質を利用することによって、より早く、より高く、より遠くへ躍動できる。反動は跳躍の踏み切りだけではなく、短距離走の着地脚や、オーバーハンドで投げるときの体幹と腕の関係など、ほとんどのダイナミックな動作で利用されている。

[捻転]
 捻転とは、身体を捻る動作のこと。体幹を捻るようにずらして回転させることで大きな力とスピードを生み出すことができる。

 例えばバットスイングでは、腰が先に回転し、やや遅れて肩がついてくる。このとき、腰の回転の力によって腹部の筋肉や腱が伸ばされ、まだ回転していない腹部から上の体幹が引き戻されるように回転する。捻転は、体幹の筋肉や腱の反動を利用している。

 野球やゴルフなどのスイングで「タメを使って」とアドバイスされることがあるが、タメをバイオメカニクス的にいうと、体幹の筋肉と腱に弾性エネルギーをためること。捻転は野球のピッチング、バレーボールのアタック、テニスやバドミントンのスマッシュ、サッカーのキックなどほとんどのダイナミックな動作の土台になっている。

[ムチ動作]
 ムチ動作とは、手足をムチのように使って体幹で生み出したパワーを腕や脚の末端部分に伝える動作のこと。

 ムチ動作のエネルギー源は体幹の捻転による反動だ。投げる基本動作の概説で述べたように、物理的な法則により体幹から四肢の末端に行くにしたがって動作のスピードが速くなる。ムチ動作は、野球のピッチングだけでなく、バットやラケットで打つ動作、サッカーの蹴る動作やスローインの動作、走る動作の脚の運びにも利用されている。

 ムチ動作で大切なのはエネルギーがスムーズに流れるように肘や手首、膝や足首などの関節をリラックスさせること。ムチ動作をマスターすれば、どこにも力が入っていないようなフォームから剛速球が投げられたり、鋭い打球を打ち返したり、鋭いシュートを打ったりできる。

筋力・持久力を鍛えるのが「トレーニング」。
巧みさを向上させるのは「練習」。

ピッチャーは長距離を走るトレーニングをしてはいけない!?

 スポーツを構成している動作に着目し、目指す動作が具体的になれば、どの筋肉を鍛えればよいか、自ずと明らかになる。例えば短距離走の場合は腸腰筋と大殿筋だ。

「気をつけなければならないのは、体幹で作ったパワーを手足に流し、手足の末端を素早く動かすには手足は軽い、つまり細い方がいいということも明らかですから、手足に筋肉がつき過ぎるようなトレーニングはやってはいけないということ。理想は、体幹が筋肉の塊のようで、脚の付け根は太く、下肢は細い競走馬のサラブレッドのような姿です。ボディビルダーのように全身に太い筋肉がついていると、重りを持って走るようなもので速く走れないのです」

 筋力のトレーニングを行う場合には、速筋と遅筋の特性も考慮する必要があるという。

「筋トレをすると筋肉が太くなるのですが、それは速筋が太くなっています。では、持久トレーニングをすれば遅筋が太くなるかというとそうはなりません。速筋が細くなって割合的に遅筋が多くなるということがわかっています。ということは、持久的トレーニングを行うと素早い動きができなくなってしまうので、瞬発力を要する野球のピッチャーなどは長い距離を走るようなトレーニングをしてはいけないのです」

 伝統的にいわれる「とにかく走り込んで下半身をつくれ」という教えには、実は合理性がなかったのである。理想の動作に適した体づくりを行う"ボディデザイン"の考え方もバイオメカニクスによって進歩している。

回数ではなく、1回できるようになるまでやるのが練習。

 ただし、基本動作に適した筋肉を鍛えるだけでは、動作を巧みに行えるようにはならない。ダイナミックなスポーツ動作を実現し、最高のパフォーマンスをするには3つの要素が不可欠で、筋トレはその1つしか伸ばせないからだ。

 3つの要素とは、

・巧みさ(上手さ、器用さ=脳・神経系)
・力強さ(筋力=筋・骨格系)
・粘り強さ(持久力=呼吸・循環系)

である。これらをバランスよく発達・向上させることが重要で、指導者は練習とトレーニングの違いを認識しておく必要がある。

「何キロの重りを毎日何回持ち上げたらどれくらい筋力がつくかということはわかっています。持久力をつけるトレーニング方法も心拍数を指標に運動生理学的に確立されてきました。でも巧みは、回数を重ねれば上手くなるというものではありません。例えば自転車に乗れるようになるためには何回練習すればいいでしょうか。決まった答はありません。何回練習しても乗れなければ成果はゼロです。1回乗れるまで練習しなければ乗れるようにならないのです。ですから短距離走の選手が50m走を何本やったとしても走り方を考えていなければ動きは上手くなりません。上手くなるには、どの動作をどういうふうにとめざす動作を定めて考えて、その動作ができるまで何回でもやらなければなりません」

 スポーツ科学の世界では、筋力や持久力を鍛えるのは「トレーニング」、巧みさを向上させるのは「練習」と使い分けている。つまり同じ100mダッシュというメニューでも、筋力や持久力アップのためであれば強度や回数を設定したトレーニング、走り方を改善するためであれば動画のチェックやイメージトレーニングを取り入れた練習になり、意識すべきポイントも評価項目も異なるのだ。

「練習とは何かを説明する際にわかりやすいのは、利き手と非利き手の器用さの違いです。私たちが利き手で箸を上手く使えるのは生まれつきではありません。小さいときにできるまで練習したからで、非利き手が不器用なのは練習していないからです。要点は、一度箸を使えるようになると、もう意識をしなくても一生使えるということです。トレーニングは止めてしまうと筋力も持久力も落ちます」

 しかし、練習で得たものは自転車の乗り方や箸使いのように忘れない。そこが練習とトレーニングの大きな違いだ。つまり巧みな動作は不可逆的で、一方、トレーニングで得たものはトレーニングを止めると可逆的に失われる。競技力の向上を目指す上でこのアプローチの違いをきちんと理解しておくことはとても重要だ。

「運"脳"神経」が
理想の動作を実現。

ドリルでいつの間にか基本動作ができるように。

 基本動作のメカニズムを理解し、それを支える筋力も鍛えたとする。しかし、理屈がわかったからといってすぐに理想の動作を具現化できるわけではない。そこで深代氏は、理想の動作を実現するための様々なドリルを提案している。

「ドリルをやっていたらいつの間にか動作が上手くなっていたというのが目標で、例えば、速く走るための基本動作につながる、股関節を速く、力強く動かせるようになるドリルなどを考案しています」

 脚全体をムチのように降り出す動きを習得するスキップドリルや、膝を伸ばしたまま股関節の動きのみで地面を蹴る動作を習得する競歩ドリル、内転筋を強化するためジャンプして空中で脚を交差せるフライングスプリットドリルなど、速く走る動作に特化したものだけでも多くのドリルを考案。競技種目や基本動作に合わせて何十種類ものドリルを用意している。実際に練習に取り入れた現役アスリートや指導者からのフィードバックをもとにブラッシュアップを重ねてきたものだ。
 
「ドリルは意識がとても大切です。指導者はドリルの目的を説明し、選手もこのドリルは何が重要だからやるんだということを理解して取り組まなければ高い効果は期待できません。理想の動作を意識し、それを実現するべくドリルに取り組む選手と、たくさん走ったから速くなるはずという選手とでは伸び方が全然違います」

巧みな動きの神経パターンを脳に格納する。

 ドリルが効果的な練習であることには、脳科学的な裏付けがある。スポーツと脳に何の関係があるのかと疑問に思うかもしれないが、動作を司るメインの働きは脳にあるのだ。

「箸を使ったり自転車に乗ったりすることは、一度できると無意識にできるようになると言いましたが、それはなぜかというと、巧みな動きをする際の神経パターンが小脳に格納されるからなのです。スポーツは箸の使い方に比べて動きがダイナミックになるだけで仕組みは同じです。脳が動きを覚えればいつでもその動きができるのです。よく"身体が覚えている"とか"身体で覚えろ"などと言いますが、このときの身体というのは、筋肉ではなく脳のことです」

 ドリルは動きのコツを脳に格納するための効率的な練習となる。たくさんの神経パターンを格納した選手がスポーツ動作の巧みさを手に入れることができるというわけだ。

 深代氏は、この能力のことを「運"脳"神経」と呼んでいる。

「運動神経がないから運動が下手だという誤った考え方が日本では浸透しています。運動神経というのは脳から筋肉までの信号の通り道のことなので、生まれつき運動神経がない人はいません。何度も言うように上手下手は練習によるもので、重要なのは脳が覚えているかどうか。運動神経の良し悪しというのは俗語だということを言いたくて、運"脳"神経という言葉をつくりました」

 格納された神経パターンはいろいろな動きに応用できる。ある競技が得意な人が異なる競技も上手くできるのはそのためだ。さらに一度格納された動作は修正して再格納することもできる。アスリートの練習は神経パターンのアップデートだと捉えるとドリルの意義もわかりやすい。指導者は動きを小脳に格納すること(動作の自動化)を意識すべきだと深代氏は指摘する。

バイオメカニクスの進化で、個人に特化した指導が可能に。

 スポーツバイオメカニクスは今後どのように進化するのだろうか。

「万人に共通する動作の本質を調べることができたので、次は全体から個人へと進むでしょう。例えば、100mのタイムが11秒の選手が10秒で走るためには10%スピードを上げなければいけないわけですが、そのために股関節のトルクやパワーをどれくらい上げればいいか、その選手個人のデータをもとにシミュレーションし、その選手専用の練習メニューに落とし込む。どこをどういうふうにすればいいのかを、もっと細かく個々人の身体特性に適して提示できるようになります」

 最後にスポーツバイオメカニクスの研究者からアスリートや指導者に向けてのアドバイスを聞いた。

「選手は、『この練習は何のためにやっているのか?、このトレーニングはどこを鍛えるものなのか?』をいつも指導者に聞いてください。そして指導者はそれに答えられるように勉強してください。理にかなった説明で納得できれば選手は本気で自ら練習に取り組むようになります。昔のように『とにかく俺の言う通りにやっていればいいんだ』ってというやり方はもう通じなくなるでしょう」

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